●ご近所ハイキングくらいしかやったことがないわたしだが、深田久弥の「日本百名山」は若い頃にしっかり読んでいた。深田は名山の条件として、品格、歴史、個性、それに1500メートル以上を挙げた。みごとなコンセプトだ。一座5枚という枠の中で、山の地誌・歴史・文化史・民俗史、それに詩歌、文学史、個人の登山体験記までを絶妙に組み込んだ文章は、濃厚だがとても読みやすく快かった。それでも高い山に登ろうという気にはならず、もっぱら道路上を自転車で走っていたわたし。深田は晩年、日本百名山が生み出した予期せぬ反響に戸惑っていたそうだ。「そのひとつは『百名山』志向の、大量の登山者の出現であった。いまもつづくそれは、深田の登山精神とはまさに逆行するものだったからだ。たとえそれが登山を愛する人にとって、それなりの真剣な営為だとしても、ムード先行の感は拭えなかったし、深田には半ば憂鬱なブームだった」(「『日本百名山』の背景─深田久弥・二つの愛」より)。40年前、深田は心通う山の友人たちと山梨県茅ヶ岳を登山中、山頂近い尾根で脳卒中で亡くなった。さいきんは山ガールなる一群も発生し、悪しき大衆化時代の山行はますます盛んである。深田だったら何というだろう。「日本百名山」を小林秀雄は「最も独特な批評文学」と評価した。いままた改めて読んでみようかという気になっている。そしてどこかに登る気に、ならないならない。(柴田)
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●ルンバをセレブツールと思っていた時期がありました。いまとなっては必需品ですよん。徹夜続き、外出続きでも床はきれい。やることがひとつ減ると、頭の中のひっかかりがひとつ減るわけで、気持ちがラクになります〜。今日も出かける前に起動してきました。/先日、宝塚で観たのは、デュマ原作の「仮面の男」とショー「ロイヤルストレートフラッシュ」。宝塚やお芝居を観る時は、ストーリーに感動したり、きれいだな〜とか、あの人踊り上手いなぁ〜とか、そういうのはもちろんだけど、あの小道具ってどういう風になっているんだろうとか、面白い演出だなとか、自分にとって苦手な「派手」「過剰な装飾」をとことんまでする方法とか、「色の洪水」のまとめ方や「光」を学んでいるところがある。お芝居ってどんなものでも、気持ちの動き、感情ありきだと思う。たとえば劇団☆新感線だって、どんなに脱線したり、はちゃめちゃな内容を入れてもラストで感動するのって、ちゃんと必要なものを入れているからなんだろう。「仮面の男」は、クリエイターらが新しいクライアントに見せる実績集のようなものに見えた。こんなことできます、というもの。やりたいことを並べて、主人公らの本筋を間にはさんだように思えた。「宝塚としては」斬新なものがあった。が、前衛的というわけでもない。ストーリーで納得できない部分が出てくる。主要人物の描写に奥行きがない。必然性の感じられない「面白い演出」ってどうなんだろうと、「技」に走りすぎるとこうなるのだと、自分の仕事を改めて見直すきっかけになったよ。覚えたこと使いたい気持ちが凄くわかるから胸が痛い。ショーは、ベトナム戦争をモチーフにしちゃう場面が受け入れられず。戦隊ものっぽい「ドリーム5」が好き。(hammer.mule)
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/235/index.shtml 仮面の男