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カテゴリ ‘わが逃走/齋藤浩’ のアーカイブ

■わが逃走[155]


豪雨と豪雪の金沢でトマソン階段を歩く。 の巻


齋藤 浩


このところ金沢出張が多い。


金沢はよいところであるが、東京から行くとなると新幹線で一旦越後湯沢まで出て、直江津経由で向かうか、羽田からまず小松空港に向かいバスで40分かけて市内へといった具合に、妙な遠回りを強いられるのだ。


私は空港での待ち時間がクヤシく感じる性格なので俄然陸路派である。


しかし、時間的には早いのだろうが、越後湯沢まで行ってまた戻って来なければいけないことにもクヤシさを感じる。


信越本線の横川・軽井沢間をぶった切ってしまわなければ、時間はかかるかもしれないが高崎、軽井沢、長野、直江津、富山とごく自然なコースで金沢に向かうことができたのだ。


寝台特急が健在なら、仕事を終えた後に金沢駅から『北陸』に乗車、日本酒と鰤の寿司なんぞ食べながら個室でゆっくり休んで、翌朝上野に着くこともできた。この方がキモチ的にはるかに楽だったのにー!


しかし、もうすぐ北陸新幹線が開通する。旅情には欠けるかもしれないが、金沢までわずか2時間半。そしてなによりも不自然な遠回りをしなくてすむのは精神衛生上とてもよろしい。


だがそうなると日帰り出張がデフォルトになってしまいそうでコワイ、といえなくもないのだが。


さて、そんな北陸新幹線開通を来月に控えた2月某日、金沢出張が決まった。


朝から打合せということになると前泊は必須だし、一仕事終えて北陸の海の幸と旨い酒、ということになれば東京に戻るのは翌日しかない。


泊まりとなると、なんとか早く出るか遅く帰るかして時間を捻出し、その地ならではの風景、できることなら歴史と伝統のある坂道を歩きたくなるのである。オレの場合。


という訳で金沢の地図を見る。


浅野川と犀川にはさまれた地形。間にググッと盛り上がる河岸段丘が小立野台地だ。Googleマップで近寄ってみると、おお、階段道がたくさんある!


というわけで、オレンジ色で印をつけたのが、今回気になった坂道。小立野台地の南西側。周辺の道のくねり方、地図を見るだけで歴史を感じるぜ。


(fig01)

(fig01)



こういう複雑な線で構成された町は、行政や宅地開発業者主導ではなく、自然と人々が集まって集落が形成された場合が多い。定住する理由がそこにあるのだ。これぞ本来あるべき姿。


私はいわゆるニュータウンの区画整理されすぎた土地に、違和感を覚えながら育った。そのせいか、古くからその地に人々が暮らす意味を感じることのできる町に住みたいと思っている。


そういった訳で、このあたりの町並にはとても魅力を感じるのだ。ちなみに私の育った町を地図で見るとこんな感じ。


(fig02)

(fig02)



地形が完全にリセットされた上に造られたため、非常に単調な線で構成されている。散歩していてもこの町ができる前がどんな風景だったかを知る術はないし、そのせいか、ここで30年近く暮らしたにもかかわらず、この土地に対する愛着もあまりないのだ。オレの場合。


さて、朝5時半に起きて東京を出て、金沢に到着したのは正午だった。ホテルに荷物を預け早速散歩にでかける。


外は暴風雨、ところにより雷を伴う。ちなみに翌日から豪雪の予報。傘がまったく役に立たない。それにもめげずに美術の小径、大乗寺坂、嫁坂、新坂、白山坂と小立野台地のエッジに沿って歩いてみた。


最も気になっていたのが嫁坂だ。(地図左上の印)


前回の旅でタクシーの運転手さんにも美しい坂としてすすめられ、その後調べてみてもさまざまな物語を持つこの坂の背景に歴史的風情を期待していたのだ。で、到着してみると確かに良い坂ではある。しかし…。


急傾斜ナントカ地区に指定された影響か、以前は密集していたであろう周囲の住宅がまばらになっていた。


さらに市の『景観再整備なんちゃら』が行われたせいか、路面には派手な石板が貼られたうえ蹴上の高さが統一、大きくきらびやかな手すりが設置されるなどして昔ながらの趣をイメージしていた私にとっては、残念ながら味気なく思えたのだった。


しかし、斜面に沿って進むといくつもの階段道があり、有名じゃない(=名前のついていない)物件はわりとイイ感じだった。


ひとつひとつ語りたいが、今回はナントカ坂(名称不明・地図右下の印)を紹介しようと思う。クランク状に曲がりながら上るドラマチックな階段だ。


(fig03)

(fig03)


(fig04)

(fig04)


最初の角になんとトマソン物件『無用門』が。ブロック塀と化した二度と開くことのない門。その奥にも階段は続く。


(fig05)

(fig05)



この門が現役だったとき、この上に住む人の暮らしはさぞ素晴らしかったことだろう。階段道から門をくぐって自分だけの階段を登り、家に着く。振り向けば金沢の景色が一望できる。うーん、素敵だ。


さらにナントカ坂を上る。次の角を曲がり、振り向く。


(fig06)

(fig06)



冬のしかも雨の日だというのに思わず感嘆の声が出てしまう。素晴らしいじゃないか、ナントカ坂。季節や時間を変えて何度も訪れ、移り変わる色彩を楽しみたいと思うオレなのだった。


翌日は仕事。金沢地方は大雪となった。


翌々日の朝も雪。昼の新幹線で東京に帰る予定だが、どうしても雪のナントカ坂を見てみたくなり早起きして現地に向かってみた。雪の中の階段を注意深く進むと、一昨日の夕方とは全く違う景色がそこにあった。


(fig07)

(fig07)



【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

道程青年団(ザ・ディスタンス)第一回展覧会を開催


齋藤 浩


第一回展覧会の概要


写真家小河孝浩とグラフィックデザイナー齋藤浩は、この度フォトグラフィユニット“道程青年団”(ザ・ディスタンス)を結成、第一回展覧会を2014年9月3日より宮崎県立美術館にて開催いたします。


展覧会タイトル:旅の途中〜出会いこそ人生の醍醐味〜
アーティスト:小河孝浩×齋藤浩
会場:宮崎県立美術館 県民ギャラリー1,2
会期:2014年9月3日(水)〜7日(日)(会期中無休)
開場時間:10:00〜18:00(最終日は16:30閉場)
観覧料:一般400円(高校生以下無料)
http://www.miyazaki-archive.jp/bijutsu/


[ギャラリートーク]
9月6日(土)13:30〜15:00 1Fアートホールにて 作家による写真論的世間話 入場無料


[フロアレクチャー]
土曜を除く毎日開催。平日16:00、日曜14:00 会場にて作家による作品解説的世間話


お問合せ先 小河写真工房 E-mail opf@nishimera.net


憧れのギャラリートークデビュー


そう! 憧れのギャラリートークデビューなのだ。たのしみだなあ。


デザインの講義なんかだとそれなりに段取りが大切だったりするけど、今回の写真展ではその場のノリと勢いに任せちゃう感じだろうか。


私も小河孝浩も極限まで研ぎすました写真を、気合いじゅうぶんに「これでもか!」と見せつけるつもりではいるけれど、これらはある意味ものすごく敷居の低いカジュアルな風景やモノたちの写真でもあるのだ。


漫才的写真ショーになる確率も高い。客席からいろいろとツッコミが入る感じか。いいねえ。本人達も目からウロコな意見を是非聞きたい!


また会期中は「フロアレクチャー」と称し、ギャラリーで来場者とアカデミックな写真の解説をするふりをして世間話に興じます。こちらもたのしみ。


展示予定作品の一部


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


示し合わせたわけじゃないのに、妙に対比的。そして妙に通ずるものがあると思う。正直言って、想像以上の相乗効果。意味のある2人展になると確信したオレであります!!


次に、小河孝浩と齋藤浩の紹介文。これも名文が揃ったので、ギャラリー入口にパネルにして掲出しちゃおうかな。


小河孝浩のこと


小河さんとは10年前にネット上で知り合いました。まるで子供の頃からの長い付き合いのような気がしていますが、改めて思い返すと実際に会ったのは昨年6月のことで、これには我ながらオドロイてしまいます。


想像通りの九州男児、義理堅く漢儀あふれ、写真と西米良のことを語りはじめたら止まらない。


小河さんから故郷の話を聞く度、自分も西米良出身のような気がしてしまうから不思議です。これこそが小河孝浩の力。故郷と人々を繋ぐ力です。


彼の写真の魅力をひと言で表現することはできませんが、あえて言うなら「未完結」だと思います。


絵の中の行ったことのない風景、会ったことのない人物に見る者の思い出が重なることで完成し、あたかも自分の記憶のように心に留まってゆくのです。《齋藤浩》


気配を感じる写真


写真を撮り始めて40年が経つ。写真雑誌を読みあさって、ありとあらゆる写真を真似た中学時代。ピント、露出、構図。セオリーどおりの写真を撮るが満足できない。職業として生計を立てると、撮影は楽しかったが、出来上がった自分の写真を好きにはなれなかった。


帰郷した頃、仕事で撮った写真を見た息子が「お父さんの写真ってつまんないね。僕は西米良で撮った写真の方が好きだよ」と言った。切り花が溢れんばかりに生けられた、無駄のないきれいな写真だった。


ある時、余計なものだと決めつけていた人工物が、自然と共生している景色に惹かれた。人の暮らしや気配を感じて、自分の写真を好きだと思えた。


誰でも出くわす日常の風景だが、写真として捉える重要な条件は、撮影者の心の在り方だ。あれから13年、大学生になった息子は父の写真を観て何と言うだろうか。《小河孝浩》


小河孝浩◎略歴


1961年宮崎県西米良村生まれ 在住 13歳の頃白黒写真の引き伸し機を伯父から譲り受け、現像液から写真が生れ出る瞬間に感動して撮影を始める。


高校3年生の時に全国規模の写真コンクールで一番になり、その気になって広告写真家を志し上京するも、凄まじい修行が待ち構えており、かなり凹んだが耐え抜く。


1988年独立。憧れの南青山に撮影スタジオを設立するが、あまりにも同業者が多い事を知ってがっかりする。


40歳まで広告写真を中心に人物、静物の撮影を手掛ける。2001年、西米良村に帰郷。以後、村をテーマにした写真展や写真集で継続的な発表を続けている。2013年、前年に刊行した写真集「結いの村」が宮日出版文化賞を受賞。県内外で写真展多数。


著書『おかえり』(石風社刊)『結いの村』(同)『西米良神楽(撮影)』(鉱脈社刊)『オガワタカヒロ 毎日行進』(忘羊社/9月発刊予定)日本広告写真家協会(APA)会員
小河孝浩公式Website http://www.ogawatakahiro.com/


齋藤浩のこと


顔の見えない付き合いが大嫌いである。出会いはクリエーター仲間が自由に繋がるWebサイトに参加していた10年前、面識のない齋藤氏の日記を読んでメッセージを送ったことがきっかけだった。


そのサイトが閉鎖になり、Facebookの登場でネット上にて再会の後、遂に齋藤氏と対顔する。嫌いなはずだったバーチャルの世界で、旧知の友に出会えた「錯覚」に驚いた。


彼の写真には無駄がない。削ぎ落されたシンプルな画面だが、被写体の存在が最大限に伝わってくる。感性のアンテナに狙われた標的は、齋藤浩の適切なフレーミングによって美しく切り撮られる。それは技術だけでは真似のできない、圧倒的センスから生み出される写真といえる。《小河孝浩》


削ぐ写真


デザイナーとして忘れてはならないこと。良いデザインとは騒いだり飾ったりすることではなく、必要な情報を簡潔かつ的確に伝えるために工夫することだと思うのです。


ということは、カメラ一台でそれを作ることも可能なのでは?? と思い立った齋藤浩はその日からノンコピー・ワンビジュアルのポスターをデザインするつもりでシャッターを切ることにしました。テーマは「趣味の構造美」。


私の撮る「構造美」は、暮らしてゆくための工夫の痕跡であることが多いように思います。本来人が住まない場所に無理矢理造られた、いわゆるニュータウン育ちのせいか、人がそこに暮らす必然のある場所で出会えるカタチにとても魅力を感じるのです。《齋藤浩》


齋藤浩◎略歴


1969年生まれ(生まれが千葉で育ちがサイタマ)。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟りデザイナーをめざす。


武蔵野美術大学短期大学部デザイン科卒、同専攻科修了。1999年独立。有限会社トンプー・グラフィクス主宰。


文化庁メディア芸術祭優秀賞、世界ポスタートリエンナーレトヤマ銅賞×2、ニューヨークADC merit賞、準朝日広告賞、朝日広告賞入選×3、毎日広告デザイン賞優秀賞・奨励賞、グラフィックアートひとつぼ展グランプリ、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ入選、その他受賞多数。ニューヨークADC、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員。


2007年より日刊デジタルクリエイターズ(www.dgcr.com)にてコラム『わが逃走』連載中。
tong-poo graphics http://www.tongpoographics.jp


西米良村について


こうして読んでみると、図らずも対比と調和とでもいうような概念が出来上がっているみたい。そして西米良村についての紹介です。なぜこの文が必要なのか。それは、最後まで読んでいただければわかる!


最後に小河孝浩の出身地であり、道程青年団(ザ・ディスタンス)結成の地でもある宮崎県の西米良村について紹介したいと思います。


県西部に位置する山々に囲まれた静かな村。風光明媚にして、食べ物は旨く、温泉も最高。思わず撮影旅行に行きたくなる、絵になる村。それが西米良です。


主要産業は農林業。近年は柚子やほおずきの栽培も盛んに行われています。宮崎で最も人口の少ない村でありながら、地域に根ざした体験ができる「おがわ作小屋村」が国交省「地域づくり表彰」最高賞を受賞するなど、その身軽さをポジティブに捉えた行政も注目されています。


そして九州写真史を語る上で欠かせない人物、写真家・浜砂重厚 安政3(1856)─昭和6(1931)の出身地もまた西米良村です。


彼が100年前に撮影した風景や人々の暮らしは、九州そして日本の歴史・風俗を研究する上でも貴重な資料となっています。その浜砂重厚、実は西米良村の初代村長でもあったのです。


つまり、西米良は村として誕生した時から写真と所縁のある地だったのです。


さて、彼が写真家として活躍した100年後にこうして運命的な出会いを遂げた道程青年団(ザ・ディスタンス)、「こいつあ重厚さんのお導きかもー!」などと思わなくもない。


こうなると俄然テンションが上がり、ここだけの話、西米良村を「写真の村」として盛り上げてゆく構想が水面下で進行中のようですよ。


間に合うのか??


7月10日、プレスリリースの配布がようやく完了した。今日が24日だから写真展まであと41日。これから作品のプリントと案内状の制作と作品集のデザインをしなければならない。


間に合うのか?? と思い、心配して小河孝浩に相談してみたところ、彼は、「ギリギリまで撮影する主義だから。」だそうで、それ聞いちゃったら、まあなんとかなるかなー。なんて思った次第。


しかし油断は禁物である。密度の濃い写真生活は続く。


※東京やその他の都市での巡回展は未定ですが、是非やりたい。ギャラリーを(比較的というかかなり安く)貸して下さる親切な方を常に募集しております。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

趣味の構造美の巻


齋藤 浩


私において美の基準とは、「機能する、意味のある構造か否か」をさす。さらに“装飾”を持たず、できれば作り手に下心がないことが加わればパーフェクトだ。


そんな構造美を見つける度に撮影していたところ、気がつけばかなりの量になっていた。それらをできるかぎり美しく=構造がわかりやすいようモノクロ表現に統一し、少しずつまとめている。


今回はその中から10年前に撮ったものを中心に何点かご紹介いたします。


由緒正しい木造商店建築。昭和の構造。くどいくらいに「たばこ」を主張する点はとくに評価していない。


001


道路と水路の関係。地形の美学。垂直に交わる道路と水路だが、橋に相当する部分に内輪差を見越した(?)微妙なナナメ面が追加されているところが面白い。水路の脇に無粋なネットやガードレールがない点も高く評価。


002


水とともに暮らす町では、水のありがたさと恐さを親から子へきちんと伝えていくのだ。そうすることにより、代々同じ景観を共有できる。これは素晴らしいこと。


円形の庇と柱。シンプルな美。門司港にて。


003


美トラス! 旭川にて。リベットのパターンも美しいし、なにより力を分散し、バランスをとりあっている様子が視覚的に伝わるところがイイ。
 
004


美灯台! 北海道だったことは間違いないんだけど、どこだったか忘れました。とにかくシンプルな構造と陰影が美しいと思い、シャッターを切りました。


005


風車。旭川から稚内へ向かう途中に立ち寄った風力発電用風車群。旅の途中、時間を変えて二度訪れたのだが、光の違いで印象がまるで異なることに驚いた。


006


ミニマルな構造美。最近はズームレンズを全く使ってなかったけど、こうしてみるといいものだなあ。


タイヤ。群馬県某所。構造美というよりも、無意識の構成美かな。ただ積んであるだけなんだけど、もしここに美しく積もうという意思が介在したら、けっして自然な印象にはならないはずだ。


ゴム臭を思い出しながら現像していたら、かなり濃いめに仕上がった。
 
007


階段。構造が美しいのはもちろんだが、トリミングがうまくいった! と思う。沖縄にて。


008


今回の写真はいずれもエントリー系の一眼レフ+高倍率ズームで撮影したもの。こうしてみると、構図に気持ちを集中していたなあ、と思う。


ここ数年、その緊張感から離れたくてレンジファインダーカメラばかり連れ歩いていたけど、機材が変わると写真も変わるものなのだなあと改めて認識いたした次第。


さて後から気づいたことなのですが、これらはいずれも撮ることを目的として出向いた結果ではなく、カメラを持って歩いていたときにたまたま見つけた物件です。


広告写真なんかは、最終的なイメージに向けて無作為を演じつつ作為的に撮るけど、無作為な構造美は撮影する側も最初から下心を捨てていた方が納得のいく絵が得られるような気がしました。


旅も目的地よりも、その過程のほうが印象に残ったりするものだしね。



『趣味の構造美』の続きです。前回は10年ほど前に撮った写真中心でしたが、今回はここ1〜2年に撮った「装飾を持たず、必然から生まれた構造物のコレクション」を紹介したいと思います。


あの小惑星探査機『はやぶさ』や宇宙帆船『イカロス』等の通信施設としても有名な、臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナ。直径64メートル。はやぶさが行方不明になっていた際、発見の手がかりとなる微弱な電波を受信したのもこの『うすださん』。後姿もたのもしい。


・うすださん


SONY DSC


友人の事務所を訪ねて某ビルの9階に出向いた際、外階段から見下ろした風景がこれ。何世代も前から生きながらえていた木造家屋の瓦屋根が、絶妙なグラフィックパターンを見せてくれた。


昔はあたり一面がこんな感じだったのだろう。こういった日本独自の美が失われているのは寂しいかぎり。


・先週水曜の瓦屋根


002-1


U字溝ブロックを並べて車止めにしている。この物件には以前からミニマルな美を感じていたのだが、先日しゃがみ込んで覗いてみたところ、「スターウォーズ」のデススター攻略線的パースペクティブ! な世界だった。


「おお!」とか感嘆の声をあげながらシャッターを切るオレの姿は、さぞ怪しかったことだろう。通報されなくてよかった。


・デススター的


003-1


神楽坂にて発見。人が上り下りするうちに、石がすり減って独自の曲面が生まれるような例は知っていたが、これは左官屋さんがノリで作った印象がある。


そして踏み面すれすれに窓が。窓に合わせて階段ができたのか、階段に合わせて窓ができたのかは不明。


・とろける階段


004-1


尾道にある美しい階段。こんど行くときは、超広角レンズで全体像を記録したいところ。


・扇形階段


SONY DSC


究極のミニマルな美だと思う。この写真を絶賛してくれる人がいる反面、そうでない人も多数。


世代交代による土地の切り売りの影響か、地方都市においてスライスされた木造建築をよく見かける。四半世紀前の東京がそうだったように、この駐車場もほんの少し前までは昭和な佇まいの家屋と庭だったのだろう。


経済主導で風景がなくなるのは嘆かわしいことであるが、この瞬間に限って言うなら、真新しい駐車場のペイントとスライスされた家屋の断面に時代の境界を感じなくもない。まあただの壁と地面と言われちゃあそれまでなのだが。


・尾道の駐車場の壁
 
SONY DSC


同じ駐車場脇の壁ではあるものの、おそらく尾道とは異なるシチュエーションで出現したと思われる。


店舗拡張かなにかで後から駐車場を作ったところ、本来人目にさらす予定のなかった隣家の壁面が公の場に、というパターンだろう。化粧気もなく素朴だが、油絵のタッチのような力強さを感じる美壁。


・軽井沢の駐車場脇の壁


SONY DSC


某公園にて。仲のよい恐竜がみんなで同じ方向を向いてる。面白い彫刻だなあ! と思ったけど、よく見たらそういう訳でもないみたい。


ネタをばらせば、ベンチの骨組みだけ残ったものだが、このような、“作為”とは無縁の立体造形こそ、かえって印象に残ったりする。公園といえば唐突に裸の銅像が立ってたりするけど、オレはこの恐竜の方が好き。


・恐竜×3


008-1


今回の写真は50年前のフィルムカメラで撮ったものもあれば、最近のデジタル一眼レフで撮影したものもあります。


しかし、いずれもあまり考えすぎず、素直にシャッターを切ったものはわりと思いどおりに撮れてるものだなあ、などと思う今日この頃です。


とくにデジタルカメラの場合は撮ってすぐに画像を確認できるので、一枚目を参考に二枚目以降は冷静に構図や露出を微調整してゆくものですが、イイ! と思った感動は後になるほど薄れるらしく、ほとんどの場合一枚目が“当たり”でした。


この『趣味の構造美』、気がつけばけっこうな量になっていたので、日の目を見せるべく某写真コンペに出品してみようかと思います。


無事写真展までこぎつけたあかつきには、皆様のご来場を心よりお待ちしております。オリジナルプリントの販売もできたらいいなあ。夢はおおきく。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

わが逃走──趣味の構造美 の巻


齋藤 浩


私において美の基準とは、「機能する、意味のある構造か否か」をさす。さらに“装飾”を持たず、できれば作り手に下心がないことが加わればパーフェクトだ。


そんな構造美を見つける度に撮影していたところ、気がつけばかなりの量になっていた。それらをできるかぎり美しく=構造がわかりやすいようモノクロ表現に統一し、少しずつまとめている。


今回は、その中から10年前に撮ったものを中心に何点かご紹介いたします。


由緒正しい木造商店建築。昭和の構造。くどいくらいに「たばこ」を主張する点はとくに評価していない。


001


道路と水路の関係。地形の美学。垂直に交わる道路と水路だが、橋に相当する部分に内輪差を見越した(?)微妙なナナメ面が追加されているところが面白い。水路の脇に無粋なネットやガードレールがない点も高く評価。


002


水とともに暮らす町では、水のありがたさと恐さを親から子へきちんと伝えていくのだ。そうすることにより、代々同じ景観を共有できる。これは素晴らしいこと。


円形の庇と柱。シンプルな美。門司港にて。


003


美トラス! 旭川にて。リベットのパターンも美しいし、なにより力を分散し、バランスをとりあっている様子が視覚的に伝わるところがイイ。


004


美灯台! 北海道だったことは間違いないんだけど、どこだったか忘れました。とにかくシンプルな構造と陰影が美しいと思い、シャッターを切りました。


005


風車。旭川から稚内へ向かう途中に立ち寄った風力発電用風車群。旅の途中、時間を変えて二度訪れたのだが、光の違いで印象がまるで異なることに驚いた。


006


ミニマルな構造美。最近はズームレンズを全く使ってなかったけど、こうしてみるといいものだなあ。


タイヤ。群馬県某所。構造美というよりも、無意識の構成美かな。ただ積んであるだけなんだけど、もしここに美しく積もうという意思が介在したら、決して自然な印象にはならないはずだ。ゴム臭を思い出しながら現像していたら、かなり濃いめに仕上がった。


007


階段。構造が美しいのはもちろんだが、トリミングがうまくいった! と思う。沖縄にて。


008


今回の写真はいずれもエントリー系の一眼レフ+高倍率ズームで撮影したもの。こうしてみると、構図に気持ちを集中していたなあ、と思う。


ここ数年、その緊張感から離れたくてレンジファインダーカメラばかり連れ歩いていたけど、機材が変わると写真も変わるものなのだなあと改めて認識いたした次第。


さて後から気づいたことなのですが、これらはいずれも撮ることを目的として出向いた結果ではなく、カメラを持って歩いていたときにたまたま見つけた物件です。


広告写真なんかは、最終的なイメージに向けて無作為を演じつつ作為的に撮るけど、無作為な構造美は撮影する側も最初から下心を捨てていた方が納得のいく絵が得られるような気がしました。


旅も目的地よりもその過程の方が印象に残ったりするものだしね。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

モノクロが好きだ。の巻


齋藤 浩


ここ一年ちょっと、趣味の写真はほとんどモノクロフィルムで撮っている。それまではカラーが当たり前で、モノクロは教育用とかノスタルジーを演出するための手段、みたいな認識だった。


ところが、である。


二年ほど前、ひょんなことから憧れのカメラ、ライカM3と50ミリレンズを手に入れたのだ。まずカラーで撮ってみたところ、現代のレンズのような鮮かさには欠けるが、階調の美しさに目をみはる結果となった。


そうこうしてるうち、そのレンズは(当時ポピュラーだった)モノクロフィルムを前提に設計しているということに気づき、ためしにネオパンSSで撮ってみたところ、仕上りのあまりの美しさに腰を抜かしたのだった。


それ以来、すっかりモノクロにハマってしまったオレなのです。


モノクロの魅力をひと言で表すのは難しい。なんでもアリもいいが“色彩を用いずに表現せよ”というルールはとても楽しいし、こうした条件があってこそ創意工夫する余地が生まれる。


いわゆるクリエイティビティが刺激されるってやつか。


また撮影の際、ファインダーに捉えた世界から脳内で色彩を取り除き、モノクロームの世界をイメージしてからシャッターを切る。この行程のおかげで、かなり納得のいく写真が撮れるようになった気がする。


仕上がりをイメージしながら制作する。これは写真だけでなく、すべてのクリエイティブにおいて基本だ。


しかし、自動化された世の中ではつい忘れがちになってしまう。それを改めて意識できるのがモノクロの醍醐味だと思う。


上達を体感できる自己克服型創造遊びの、最もシンプルなもののひとつが、モノクロ写真なのではなかろうか、てなことを考える今日この頃なのである。


そもそも情報過多な昨今、色彩がそこまで重要か? とも思う。ビビッドな世界の中では逆にモノクロームの方が目立つし、目的に対し色彩に必然性がないのであれば、それを排除した世界のほうが、惑わされずに本質が伝わる。


もともとカラー写真は爆撃対象を確認するための軍事技術であり、つまり、説明を目的として開発されたという経緯がある。


人はめんどくさいことが嫌いだ。つまり本能的に説明を嫌う。努力も嫌う。説明されたことはすぐに忘れるし、その意味を知ろうともしない。しかし、自分で興味を持った物事は忘れない。


モノクロ写真は色彩を見る者の想像に委ねる。


例えばリンゴの写真を見せられると、自分の記憶の中におけるリンゴの赤を想像する。


自分でそうしようと努力するのではなく、見た瞬間、自分が今までに見たリンゴの中で最も美しい赤を思い出し、その写真にあてはめてしまうのだ。


純粋な階調だけで表現された形態や質感に、受け手の記憶が組合わされる。


すべてを語らないこと。一部を受け手に委ねることで、そのビジュアルはより印象に残るものとなる。


もちろん、色彩だけでなく露出や構図なども含めて言えることだが、強い写真というものは、だいたいそんな構造なのではなかろうか。


さて、いざモノクロ写真を撮ろうとした場合、モノクロフィルムで撮影するというのが最初に思いつく方法だろう。オーソドックスかつ確実な手段である。


これ以外にも、デジカメで撮ってモノクロ変換したり、カラーフィルムをモノクロに焼いたり、なんて方法がある。


しかしこれを実行するとなると、甘えとの戦いになる。


デジカメだと「すぐに確認できるからいいや」。カラーだと「後でモノクロに変換できるから、とりあえずカラーで撮っておこう」。


こういった気持ちを抑え込むだけの強い意志のある人は問題ないが、オレの場合、基本的に隙だらけの性格なので、ついつい甘えてしまう。


その結果、緊張感がなくなり、必然性のない写真になってしまう場合が多い。


しかし、デジタル全盛の今はその方法が当たり前だし、今後モノクロフィルムの入手が難しくなったらそうせざるを得ないだろう。


たしかに色彩を主軸として構成したつもりの写真でも、モノクロ変換してみたら意外とイケる、なんて発見もある。


実際、撮影時の印象をイメージしつつ現像ソフトをいじくる行為は、暗室作業と同じくらいタノシイし、クセになるほどオモシロイと言える。


とはいえ、フィルムがあるうちはフィルムで撮る方が、気持ちに隙ができない分いい写真が撮れるような気がする。


あくまで気がするだけですけどね。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

野郎3人カメラ旅の巻 その2の2


齋藤 浩


片岡氏、マニュエル君、そしてオレの3人で歩いた昨年11月の尾道カメラ旅はとても充実した素晴らしい時間であったが、帰って現像してみたらマニュエルにだけ真っ白のネガが届いたという悲劇的な結末を迎えていた。


災いのもととなった彼のニコンFもオーバーホールから戻り、いざリベンジ! ってことで師走の尾道に再び降り立った野郎3人。


初日の撮影も盛り上がり、いよいよ二日目に突入したのであった。
※第116回『野郎3人カメラ旅の巻』、
 第119回『野郎3人カメラ旅の巻 その2』参照のこと
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20121129140300.html
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20130207140300.html


その日も見事に晴れた。荷物をホテルのフロントに預け、瀬戸内の光を浴びつつ出発だ。岸壁から見える向島の浮きドックがシルエットとなって美しい。
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一同、クレーンをカメラに収めたところで、今回はまず町の西側にある西願寺をめざした。尾道といえば坂の町だが、海に近いあたりは平坦な町並みが続く。しかし、それが平凡な風景かといえばさにあらず。


おそらく戦前のものと思われるコンクリート建築や、煉瓦づくりの倉庫などが点在する、なんとも散歩しがいのある地域だ。屋根付きの駐車場があったのでちょっとのぞいてみた。ナイスな骨格!
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芸術的ともいえる『瀬戸内』の文字。いとあはれなり。パソコンに向かってフォントをいじってもこうはならない。
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横断歩道も妙にドラマチック。
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錆びた看板やらアスファルトに落ちる電線の影やら、そんなモノばかりきゃっきゃと撮り歩く、およそ観光客らしからぬ行動をとる3人。


川に沿ってあるき、ひょいと路地に入ると一気に上り坂だ。ひと山越えて、つぎの山のてっぺんを目指す。途中でみつけた土蔵。赤塚不二夫先生の描くイヤミに見えるのはオレだけか。
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西願寺からの眺め。前の日に歩いた路地は、あの山の、その奥の山だ。「うわー、昨日はあんな遠くを歩いたんですネー」マニュエルが感慨深げに言う。
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思うに、尾道の観光コースといえば寺社めぐりが定番だが、やはり神髄は道程にあり! だなあ。西願寺をめざして歩いたにもかかわらず、寺の写真を一枚も撮ってなかったことに気づくオレなのであった。


さて、こんどは違う道を通って駅前〜千光寺方面へと向かう。ゆっくり歩いていると、ちょっとした板塀とか街灯の土台とか、なんでもないモノ達がここぞとばかりに主張してくる。


おお、なんとセクシィな節穴! そしてこのコンクリートの力強いマッス! といった具合に、それらがホントに芸術に見えてくるのだ。というか、実際ホントに美しいと思うんだよね。


なので、その『詠み人知らずの造形』の美しさを伝えるためにも、オレはいい写真を撮らねばならん。毎度のことながら使命感に駆り立てられるぜ。


と、思ってるのはふたりも同様らしく、カメラを構えつつ石垣から伸びた配水管やら、空き地に転がったブリキのバケツなんかを、真剣なまなざしで見つめている。


が、それにしても遅い。ふたりはさっきからずーっとバケツの前から動かない。そんなにそのバケツがイイのか。そこまでか??


オレは案内役とはいえ、世話役じゃないので先に行ってるぜ。と、細い道をうねうねと登ってゆく。そして振り向くと、まあ見事な3次曲面を描く路面であることよ!
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そっと路面をなでてみる。うん、曲面だ。ハァ〜。美しいなあ。地元の人にしてみれば日常の風景の一部にすぎない狭い道、その表面を眺めて微動だにしないオレ。ふと我に帰る。まあ似た者同士か。


彼らはまだ来ない。なのでまたちょっと登ってみる。すると、なんとも美しくカットされた地形。これって最初は山だったところを巨大なナイフで切り取ったのかな。


この地形が正だとして、負の形を想像してみる。うーん、イイなあ。こんど粘土で模型を作ってみよう。
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そうこうしているとふたりがやっと追いついてきた。どうやら良い写真が撮れたらしい。満面の笑みである。


急な坂道を下って、ちょっとコワイ橋を渡ると、
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区画整理されたっぽい区域に出た。地形と人々の暮らしとの結果生まれた、迷路のような場所をさまよっていたせいか、まっすぐの道が直角に交わる景色がとても不自然に見えてくる。きっとここも昔は迷路だったのだろうけど、今ではその姿を想像することはできない。


町並みは財産だ。前にも語ったと思うが、おじいちゃんと孫が同じ土地に住んでいながら、同じ風景を共有できないことがどれほどの損失を生むか気づいてほしいと思う。どうか、目先の利益だけに惑わされない、広い視野をもった町づくりをお願いします。


さて、レンズを変えて気持ちをリセット。商店街から山の手の路地を切り取る。墨絵のような瓦と壁。
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階段には手すりの影。南側の斜面は楽しいグラフィックパターンの宝庫だ。
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水平・垂直・45度! 画角が狭いと抽象画がたくさん生まれる。
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というところで腹がへってきた。4時間近く坂道を歩きっぱなしだし、当然か。昼食は商店街にある寿司屋のランチにしてみた。初めて入ったのだが、スゲー旨かった。にぎりはもちろん、箱寿司系のモノが繊細かつ華やかな味わいで、にもかかわらず気取ってない。


オレごときがエラそうに語ってしまい申し訳ないが、こんど来るときもランチはここにして、さらに折り詰めを作ってもらって帰りの新幹線で食べるのだ! もう決めたぞ。店の名前は忘れちゃったけど。


さて、気がつけば2時をまわっていた。山の手が暖色系に染まり、きりりとした表情がやわらかくなる。


5時前には尾道を発たねばならんので、ちょいと先を急ぐかね。ということで我々はそのままロープウェイ乗り場へ直行、千光寺展望台から尾道水道を臨む。寒い。


だが! 前回も良かったけど、今日はまた最高の眺めだ! しかし寒い。日向とはいえ12月だしな。でも見事な見晴らしゆえ許す!


向島の先の先の先の先の先の先までくっきり見える。嗚呼、瀬戸内海。海の幸旨かったな。
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隣を見ると、マニュエルがソフトクリーム食ってる! 君、この寒いのによくそんなモノ食べられるね。


「前回も良かったけど、今回もまた素晴らしかったね。次回は一週間くらい滞在したいなあ」「こんど日本に来るときも、尾道には必ず帰ってきマス!」ふたりともそこまで気に入ってくれたか、嬉しいぜ。


ゆっくりと沈んでいく陽の光をあびて、屋根瓦も土塀も、我々の顔もバキバキのコントラストだ。時折シャッターを切りつつ、細い階段道をとぼとぼと名残惜しげに歩く野郎3人。


「そうだ! 記念写真撮りましょうヨ」


マニュエルの提案により、初めて観光客らしい行動に出た。しかし、バックはあえて石垣。この写真の右側に尾道の大パノラマが広がっていたなーと思い出しつつ、今回のご報告は以上。
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【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

野郎3人カメラ旅の巻 その2


齋藤 浩


昨年11月に片岡氏、マニュエル君、そしてオレの3人で歩いた尾道カメラ旅は、片岡氏からマニュエルへの友情の証としてプレゼントされたニコンFが実はぶっ壊れていたという、笑っちゃうくらい悲劇的な結末を迎えていた。


※第116回「野郎3人カメラ旅の巻」参照
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20121129140300.html


そんなFも完璧にオーバーホールされて、マニュエルの元へ帰ってきた。というわけで同じ行程でリベンジするぜ! のかけ声のもと、12月のある日、我々は再び尾道へと降り立ったのである。


ホテルに荷物を預け、身軽になったところでまずは腹ごしらえだ。『天ぷらラーメン』なる不思議なものを食す。確かに旨かったが、スープがもう少し熱くてもよいのではないか、などと語り合う間もなく、カメラ片手に被写体の宝庫・尾道の町へと繰り出す野郎3人。


今回はまずフェリーに乗り、向島をざっと散策してみることにした。対岸まで約3分の船旅、料金は100円。
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前回は見るだけで乗れなかったこともあり、片岡氏、マニュエル君ともに大はしゃぎである。川と錯覚するほど狭い尾道水道だが、渡った先の町並みの印象はこちら側とまるで異なる。このへんが尾道の面白いところ。
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この日の機材はBessa T。オレをマニュアルカメラ沼にハマらせた張本人? 張本機である。丈夫で確実なだけでなく、ライカと同規格のVMマウントを採用しているため、ライカMマウントレンズはもちろん、アダプターを使えば世界中の物凄い数のレンズの描写を楽しむことができる。


露出計と距離計を搭載した、いたってシンプルな機械式カメラだが、ファインダーが内蔵されておらず、レンズにあわせて外付けファインダーを交換する。


これがまた変形合体ロボで遊んでいるようで楽しい。レンズ交換の度にカメラそのもののフォルムが変わるのだ。ちなみにこの日のレンズはキヤノン100mmf3.5、フォクトレンダーのノクトンクラシック40mmf1.4、ウルトロン28mmf1.9。


いつもオレが自分に課しているルールに『一度交換したレンズを二度使ってはならない』というのがある。


今から日没まで100mm、40mm、28mmの順番で撮っていき、たとえ望遠向きの被写体が28mmで撮っているときに現れても、そのときは28mmの画角で工夫するのだ。これがまた思わぬ写真が撮れて楽しい。


この日は晴れ時々雪! の予報が出ていたが、まさか雪なんてねえ、なんて話してたらホントに降ってきた! 青空なのに。


向島を散歩。商店街を歩くと、ナイスな牛乳箱を発見。早速撮影すると、片岡氏とマニュエルもカメラを構える。うーむ、アホっぽくていいぞ。50年以上前のキヤノンのレンズで真剣な2人の姿を激写。
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そして脇の小径を入ると、そこはもう不思議ゾーンだ。狭い路地。凝縮された空間に小さな階段や風情のある板塀が続く。
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こういう場所に来ると広角レンズを装着したくなるが、そんな気持ちをぐぐっと抑えて、望遠100mmのファインダーをのぞくと、なんとも面白いパターンを発見。
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尾道の路地は起伏が激しく、水はけや滑り止めのための工夫がそこここに見られる。当然これらは規格品ではなく、その場所の状況に合わせて名もなき職人らが工夫したものだ。


ここ尾道は、詠み人知らずな“機能する芸術”の宝庫なのである。


さらに歩くと鋭くとんがったコンクリート建築を発見。「すごい! とんがってるナー」マニュエル君も大喜び。
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雪はいつのまにかやんでいた。再度フェリーにて本州側に戻ったところで40mmレンズにつけかえるオレ。そして一行は前回行けなかった久保小学校方面へと向かった。


オレは一応ガイドなので、日没までの時間配分を考えた上でコース設定してるのに、2人はそんなこと気にしちゃいねえ。目に入るもの全てが面白いもんだからじっくり撮りまくる。なのでぜんぜん進まねえ。困ったもんだ。
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2人を待つ間に撮った掲示板。貼り方にもリズムがあって興味深い。無作為の法則美ってやつ?
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そして久保小到着。アールデコな門柱が相変わらず美しい。なにやら金賞受賞したようだ。おめでとう!
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そして隣り合う尾道東高校との間の道をゆく。
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ここには何度も来てるけど、午後の日差しが煉瓦の壁に落ちて最高に美しいのだ。「このアールがたまらんでしょ」「いいねー」「うわー、すごくイイ!」ここでも異様にはしゃぐ野郎3人。


さらに坂道を登っていくと、小さな神社がある。
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神社から尾道の町を狙うマニュエル。足長くていいなー。ここは狛犬のかわりに狛猿がいてけっこうカワイイのだけれど、今回は撮ってなかった! ご紹介できず残念。


さらに坂を登る。途中、ミニマルアートと化したカーブミラーを発見。錆と木の柱との対比が絶妙。
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さらに細い坂を登ってゆく。素知らぬ顔をして猫が通り過ぎる。
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坂道は階段になり、階段は坂道と交差する。階段の形状自体もどんどん独自性をおびてくる。
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そして振り向くと、この景色。だから尾道散歩はやめられないんだよなー。季節によっても時間によっても、常に異なる表情を見られるのが素晴らしい。
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それにしてもこの日、この時間にこの場所でこの景色を見ることができたことの幸せってやつを反芻してしまう昨今である。


陽は傾きはじめるとそのスピードを加速させる。ISO100のフィルムで余裕だったのが、あっという間に手持ちがキツくなる。オレは何本目かのネオパンSSを撮り切ったところでトライXに詰め替え、レンズも28mmに交換したのだった。


と、突然片岡氏が叫んだ。「あ、カメラ壊れた」。愛用のツァイス・イコンが巻き上げもできず、シャッターも切れなくなったという。彼はこうなるとだだっ子のようにわがままになり、「もうダメだ」とか「おしまいだ、やれやれ」などと自暴自棄な言葉を発する。


触らせてもらうと、確かに巻き上げもできずシャッターも切れない。とはいえ、ツァイスブランドの最新AE機がそうそう壊れるもんじゃない。たぶん電子シャッター機なので、電池が切れたのではなかろうか。


てな言葉で片岡氏をなだめつつ、電池が売ってそうな店を探しに街中へ戻りはじめた。片岡氏の自暴自棄な言葉の頻度が増えてくる。言ってる本人も気になってるらしく、ときどき我に返って「齋藤くんの言うように、電池かもしれないね」なんてにこにこしながら言ってるけど顔は青ざめている。面白いなあ。


線路を越え、迷路のような繁華街をさまよっていると、なんと路地の先に、カメラ屋を発見。都合の良すぎる展開である。「ごめんくださーい」。店に入ると尾道弁の頑固そうな御主人が出てきた。こういう店は信用できる。


実はかくかくしかじかで、と言って片岡氏、カメラを御主人に渡す。「うん、確かにシャッターが下りんようじゃのう。どれ、電池かもしれん」。電池室から電池を抜き、テスターで計測してみると「おや、電池は大丈夫のようじゃのう。おかしいのう。どれ、新品の電池を入れてみよう。…動かんのう。おかしいのう…」。


御主人、しばらくカメラをいじくる。
すると「あっ」
一同、一斉に御主人に注目する。


「こりゃあ、フィルム一本撮り切って巻き戻してないだけじゃないかな」。実にマヌケな結末である。よく見たらフィルムカウンターが36を越えていた。一同赤面しつつ下を向く。こんな基本的なことに3人とも気づかなかったとは!


それでも片岡氏はとにかく安心したらしく、もう最高の笑顔である。子供みたいだなー。いやいやお恥ずかしい、とか言いつつ予備の電池を購入する。オレもやっと落ち着いて店内を見渡す。


するとどうだ、国産のフィルムカメラ中堅機クラスの名機がけっこう揃ってるじゃないか! と思えば色モノ系もけっこうある! あれに見えるはPENTAXオート110! その隣はハーフサイズの名機キヤノンダイヤル35!


しかもこのダイヤル35、かなり美しい。御主人におそるおそる値段を聞いてみると「これはシャッターが切れんから500円でいいよ」とのこと。即買いである。旅から帰った翌日に、馴染みのカメラ修理店へ持ち込んだのは言うまでもない。


安心したところで空を見上げると、もう星がでている。今日もよく歩いた。某喫茶店であったかいチャイを飲んだ後ホテルで荷物整理をし、一行は反省会と称する飲み会へと夜の街へ繰り出すのであった。(その2の2へつづく)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


オレはフィルムカメラが好きだ。


デジカメはラクしてキレイに撮れて、しかもやり直しがきくので便利なのだが、ともすればカメラと人間のどっちがエライのかがわからなくなる。


つまり、デジカメ様のご命令どおりボタンを押してる感覚なのだ。カーナビの言う通りに車を運転するような、屈辱感に近いともいえる。


これはひとえにオレがひねくれた性格なのかもしれないが、とはいえ露出もピントもオートってだけでも相当なものなのに、感度も構図も仕上がりもってことになると、これはもうカメラが撮ったのか人間が撮ったのかわからなくなっちまう。


昔はいかに人と違った表現をするか、ということでいろいろと小細工に走ったこともあるが、ひょっとして今いちばん個性的な写真を撮る方法は、手動で普通に撮ることなのではなかろうか。


で、手動で普通に撮るために最も適したカメラこそ、ごく普通のマニュアルカメラなのだ! などと酒を飲む度に熱く語る40過ぎの男、それがわたし…。


10月のある日、親切にもそんなオレの語りをヘベレケになりながらもきちんと聞いてくれるふたりの男がいた。すでに孫もいる某社プロデューサー片岡氏と、ドイツ出身の3DCGアーティストのマニュエル君である。


私は20年ほど前に、片岡氏の下でCGアーティストとして働いていたことがあった。つまり彼は元上司なのである。当時何度かぶん殴ってやろうかと思ったし、首を絞めて殺してやろうかと思ったこともあったが、そうする前に会社を辞めたおかげでその後は穏やかな関係が続いている。人にはそれぞれ適した距離というものがあるのだ。


マニュエルは現在片岡氏の下で働いており、来年春には祖国に帰り事務所を立ち上げることが決まっている。小津安二郎を愛し、日本文化を心から理解してくれる好青年である。


で、酔った勢いで広島県は尾道市で撮影した写真をいくつか見せびらかしたところ異常に盛り上がってしまい、こんどこのメンツで尾道に行こうじゃないかってことになった。ちなみに尾道は小津監督の『東京物語』のロケ地でもある。


「あ、でも僕フィルムカメラ持ってないデス」。マニュエルが言うと片岡氏が「よし、俺が昔使っていたニコンFをプレゼントしようじゃないか」。


なんか景気よくなってきたぞ、ってことですぐに切符と宿を手配し、あっというまに当日となった。


新幹線の中ではマニュエルがニコンFの裏蓋を外し、フィルム装填の練習をしている。彼はフィルム一眼レフを使ってはいたが、さすがにマニュアル世代ではなかった。


片岡氏は愛用のツァイス・イコンをなでくりまわしているし、オレはオレで手に入れたばかりのハッセルブラッドにほおずりしている。実に怪しい3人組である。


福山で在来線に乗り換えて、午後1時ちょっと前に尾道着。ホテルに荷物を預け、尾道ラーメンで腹ごしらえをすませたら早速坂道路地散歩だ。この日の天気は曇り。光がほどよく全体にまわって美しい。


今回は案内役に徹しようと思ったオレだったが、ふたりとも気合い入れてじっくり撮るもんだから、オレも実に良いリズムで撮影することができた。


『転校生』の階段で有名な御袖天満宮から福善寺へ抜けた後、尾道東高校方面へ回ろうと思ったが、日も短いので計画変更。山の手の細い路地を尾道駅方面へと向かう。おかしな3人組がおかしなポーズでファインダーをのぞきつつ。


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天満宮にて、マニュエルとオレ。片岡氏撮影。


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オレ、どこぞの路地にて。片岡氏撮影。


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山の手の名店「猫の手パン工場」付近の大好きな階段。何度も撮ってるが、魅力を表現しきれない。今回こそ! と力んだからなのか、フィルムの巻き上げに失敗。


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猫の手パン工場入口脇のコーラのケースを激写する。片岡氏撮影。


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で、その結果がこちら


スローなペースで“歩いちゃ撮り”を繰り返しつつ、ISO400でも手持ちがキビシくなったのは5時半頃だった。


それにしても尾道は切り取り甲斐のある町である。年に何回か通うオレですら行く度に発見があり、シャッターを切る度に興奮しちゃう訳だが、尾道初体験のふたりも激しく気に入ってくれたようで実に嬉しい。


「スゴイねえ。絵になるねえ!」
「僕の知ってる日本じゃないみたいデス。スバラシイ!!」


こんなこと言われた日にゃあもう、尾道伝道者冥利に尽きると言えましょう。興奮冷めやらぬ3人は駅前の居酒屋へ直行。瀬戸内の旨い魚と広島の旨い酒でヘベレケになりつつ、カメラ談義に花咲かせたのでした。


翌朝は雨だった。朝食後しばらく待ってはみたものの、一向にやむ気配はなし。それも風情があっていいだろうということで、午前10時から撮影スタート。尾道駅を山側に入り、驚愕の木造三階建て住宅(通称ガウディハウス)付近から路地に入る。


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傘をさしつつ、急な階段をひたすら上る。さすがにハッセル手持ちはキビシイので、予備機のCONTAX T3が活躍した。


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ついタテ構図にしたくなるが、あえてヨコに構えてみたら不思議感がアップした(ような気がする)。


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傘をさしつつカメラを構えるオレ。片岡氏撮影


こんな天気に板塀や瓦屋根を眺めるというのもイイかもしれない。はじめは生憎の雨、と思っていたものの、こうして濡れた瓦の表情や階段を伝う雨水を見ていると、こいつあ恵みの雨かも、なんて思うのだった。


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そうこうしていたら、雨が上がって晴れ間も出た。ハッセルの出番だ!


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光る屋根瓦と尾道水道を狙うマニュエルとオレ。怪しい。片岡氏撮影。


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絶妙な壁のシミを最高のアングルで狙う片岡氏とマニュエル。怪しい。オレ撮影。


その後ロープウェイで千光寺まで登った後、細い路地をひたすら歩き回り、海っぺりを撮り歩き、土産の海産物などを購入しつつ日が傾いた頃、帰途についたのだった。


海からの西陽を浴びながらマニュエルが言った。


「きっとドイツにも尾道のような町があるので、僕はドイツに帰ったらその町を探します。そしたら是非写真を撮りにきてください。そしてその町で尾道の写真展をして、尾道でドイツの写真展を開けたらサイコーですネ。」


まったくそのとおりだぜ、素晴らしいぜマニュエル。たとえ片岡さんがくたばっても、オレ達でその写真展を成功させようじゃないか。


さて、思い返せば今回の旅は晴れ、雨、曇りとすべての表情を見ることができた。なんとも得した気分である。


そして価値観を共有できる友、というと美しすぎるが、尾道の光の下、崩れかけた土塀とか錆び付いた看板とか傾いた階段などを心から美しいと感じ、それを如何にしてフィルムに焼き付けるかという競技を、心から面白がってくれた片岡氏とマニュエル君に感謝の辞を述べたいオレなのである。


さて、次にこのメンツで集まるのはいつにしようか。現像があがって自信作を持ち寄っての写真対決が今からとてもたのしみだ。


3日後、片岡氏から電話があった。マニュエルの分とあわせて現像を引き上げてきた帰りだという。いい写真撮れてましたか、と尋ねると、「それが…」。


なんとマニュエルが撮った36枚撮り13本のうち、7枚しか写ってなかったというのだ! どうやら片岡氏が贈ったニコンFのシャッターが壊れていたらしい。


「アホか! なんじゃそりゃ!?」


壊れたカメラをプレゼントするあんたもあんたなら、テスト撮影もせずに撮影したマニュエルもマニュエルだ。ふたりとも大マヌケである。


「マニュエルにはまだ知らせてないんだ。俺はもうあいつに合わせる顔がない…」片岡氏、半分泣いている。


フィルムで撮っていれば必ず一度はそういうことあるしね。まあ、良い思い出ってことで諦めるしかないよね。やれやれ。その夜マニュエルからもメールがきた。


「全然撮れてませんでしたー。悲しいです。でもテスト撮影しなかった僕が悪いんです。齋藤さん、よかったらまた一緒に尾道に行ってくださーい」


うーむ、マニュエルってばなんていいヤツ。よし、付き合おうじゃないか。という訳で、師走の半ば、我々3人は再度尾道撮影ツアーに出かけることとなったのである。マニュエルのニコンFは、目下Tカメラサービスにてレストア中だ。つづく。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


ほんとはドイツについて書こうと思っていたのですが、秋晴れの良い天気が続いていたため、ここは是非みなさんが昔使っていたフィルムカメラを押し入れから引っ張り出してお散歩に出かけていただきたいと思いまして、予定変更と相成りました。


なにかとフィルムカメラの素晴らしさを語っているが、肝心なことを書いていませんでした。


私は楽しく撮影した後、きちんと現像して焼き付けして、なんてことはやってない。いわば、フィルムカメラの面白いところだけ楽しんでいるのです。つまり、邪道です。手抜きです。


そりゃフィルム現像の工程や、暗室での作業はとてもクリエイティブなものですが、でもそんな時間も場所も金もねえ。廃液の処理もメンドウだしね。


そこで、オイシイとこだけ楽しんで、残りの行程はデジタル、という方法をとっています。それでも、デジカメで撮った写真とはまったく違う結果が味わえるのです。


今回はラクして楽しくフィルムカメラを使い、デジタルで気軽に現像(画像処理)、管理する『手抜きフィルムカメラ道』をご紹介します。ご紹介ってほどでもないか。


たぶん、このようにフィルム写真を楽しんでいる人はものすごく多いと思うのですが、オレはこうやってるぜ、ってことを今のうちに語っておこうと思った次第。


さて、『手抜きフィルムカメラ道』の大ざっぱな流れを見みると、1.撮影→2.フィルム現像→3.スキャン→4.画像処理 てな感じです。では、順を追って説明しよう。


おっとその前にフィルムカメラを持ってない! というあなた!! あなたはものすごくラッキーです。なぜなら2012年の今は、すごいカメラとすごいレンズが嘘みたいに安く買える時代なのです。


中古カメラ屋さんやネットオークションを探せば、1970年代後半のミドルクラス一眼レフのレンズセットが10,000円以下で手に入ってしまいます。


ちなみに、デジタルとの違いを楽しむのなら、オートフォーカス以前の一眼レフと単焦点レンズのセットがオススメ。デジカメ+ズームレンズに慣れた目から、ウロコが50枚くらい落ちることうけあいです。


また、よく聞かれるのですが、「フィルムってまだ売ってるの?」…って、売ってますよ!!!! 余裕で売ってます。以前より種類は少なくなりましたが、カメラ屋さんでもAmazonでもちゃーんと買えます!!!!


1──撮影


『手抜きフィルムカメラ道』全4工程の中でもいちばん楽しいのが撮影でしょう。って、そりゃそうだよね。好きなカメラを持って素敵な被写体と出会い、シャッターを切る。まさに至福のひとときと言えましょう。


さてデジカメとフィルムカメラとの最大の違いのひとつに、撮影した写真がその場で確認できるかってことが挙げられます。


デジカメが出始めた頃は、その場で確認できるから失敗も減る、なんてことで皆が大喜びしたもんです。しかし、これにより人は失敗する自由すら奪われてしまったともいえます。


その時は失敗したと思ったものでも、後から見てみると貴重な記録写真になり得たり、味わい深い思い出となったりすることってけっこうあるものです。


また、確認できないから想像する。フィルムカメラは想像する余地が人間側に残されている機械なのです。


たとえば、モノクロフィルムを詰めて撮影する際、今見ているカラーの世界からモノクロの世界を想像してシャッターを切ります。色彩と階調の世界を、脳内で階調だけの世界へ変換して撮影するのです。


いままで主役と脇役との間にあった、彩度の関係がなくなったらどう見えるかな? と想像してみると、意外とトーンが似てしまい、主役が引き立たなくなりそうだ、なんてことがわかったりします。


では、どうすればいいか? ちょっと移動して木陰で撮ったら陰影に差が生まれるかもしれないぞ! てなことに気づいたりもします。


この自分で気づける幸せってやつはフィルムカメラの醍醐味です。仮に気づけなかったとしてもそれは確実に経験値UPに繋がるし、そもそも失敗したらどうしようじゃなくて、失敗もクリエイティブのひとつなのだ! くらいな図々しさを持った方が、人生が楽しくなると言えましょう。


以下極端な例です。これらの写真は今年の冬、初めてライカで尾道を撮影したときのもの。ハイテンションだったためか、巻き戻し中にうっかり裏蓋を開けてしまい、フィルムを感光させてしまったり、最初の巻き上げが不足していたまま撮りはじめてしまったものです。


でも、デジタルじゃこんな表現できねえよ。ざまーみろ。
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最近のデジカメは露出やピントだけでなく構図まで決めてくれるらしいが、フィルムカメラの良いところは、人間に自由があること。すべて自分の責任で撮影ができるってことだと思う。


こうして撮った写真は、明らかにデジカメと違う世界を写しているはずだ。そして、その世界はデータではなくネガとして実在してくれる。皆さんもたまにはカメラにフィルムを詰めて、散歩にでかけてください。お願いします。


2──フィルム現像


これを自分でやるとなるとタイヘンです。なので私はヨドバシに持ってきます。36枚撮りネガフィルム1本の現像代は500円ちょっと。同時プリントはしません。あくまでも現像のみ。


フィルムの種類にもよるけど、数時間から数日でUPするようです。この待ってる時間がイイ。ラブレターの返事を待つような感覚ともいえよう。


また町の写真屋さんにカラーフィルムの現像を依頼する場合、とくにカラーネガの粒子感が粗く出る傾向にあるような気がします。嘘か真か、像が出ないことを防ぐため、一般的なネガは若干高めの温度で現像するって聞いたことがあります。


ポジの場合はもともと粒子が細かいってのもあり、感度相応の印象に仕上がりますが現像に時間がかかる。ちなみに、モノクロネガはカラーネガほど粗さは目立たないような気がしていたのですが、こうして比較してみるとたいして違いはないですね。印象の問題だったようです。


とはいえ、これは優劣の問題ではなく、味の問題とみた。プロラボに依頼すると、また違った結果になってくるかもしれません。


ISO100のカラーネガと、カラーポジと、モノクロネガを1350dpiでスキャンした例(部分)。空部分はディテールが少ない分、粒子感がわかりやすい。


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カラーネガ
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カラーポジ
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モノクロネガ


3──スキャン


現像UPしたら、スキャナで取り込む。ここでケチると残念な結果になる。5万円くらいのフィルムスキャナか、フィルムに対応したグレード高めのフラットベッドスキャナをおすすめします。一昔前の1/4程度の値段で手に入るんだから、一考の余地ありです。


最近は格安のフィルムスキャナもあるそうですが、くれぐれも貧乏人の銭失いにならないよう気をつけてください。


ちなみに、私はKONICA MINOLTAのディマージュスキャン5700というフィルムスキャナ(絶版品)を使っていますが、最近ではオーグのOpticFilmというフィルムスキャナが評判いいみたいですね。


スキャンする上で気をつけたいのは、極力素直に取り込む、ということです。私の場合、スキャナにある色調補正機能やキズ・ホコリなどの除去機能は使わない方が良い結果が得られました。


ここでは極力ニュートラルに取り込んで、後からまとめて調整します。ちなみに、モノクロネガをスキャンする際は、一旦カラーモードで取り込むとディテールが失われません。その後画像処理段階でモノクロにします。


またフォーマットはjpgではなく、TIFFなどの圧縮ナシ形式にしておいた方が画像処理時の自由度が上がります。


自分でスキャンせず、現像と同時にカメラ屋さんで画像データとしてCDに焼いてもらうのもアリだけど、店によってクオリティがかなり違うようです。色が転んでいたり、水平垂直があってなかったり、一律に補正がかけられて意図した表現と違っていたり。


とはいえ、自分のイメージにあった入力をしてくれる店が近くにあればベストと言えましょう。オレとしては、いろんなスキャナやスキャニングサービスを試して結果をまとめてみたいのだが、それは『手抜きフィルムカメラ道』の執筆依頼がどっかの出版社から来てからやることにする。


4──画像処理


さて、写真をデータ化しちゃえばこっちのものだ。Photoshop ElementsでもSILKYPIXでもデジカメ付属のオマケソフトでも、使い慣れた環境で自分好みに仕上げていけばいい。


スキャンされた時点で、写真はデジカメと同じ画像データになった訳だが、ピクセルだけでなく、不揃いの銀粒子で構成される世界には独特の深みがあるものだなあと驚かれることうけあいです。


好みの調子に仕上げたら、いつものデジカメで撮った写真と同じように管理して、iPodに入れて友達に見せびらかしたり、facebookにUPしたりしてください。


インチキなデジタルフィルタで加工した写真に見慣れたほとんどの友達は、「こうして見ると、フィルムで撮った写真って、違うなあ!」と言うはずです。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


いつかはニコン!


そうは思っていたもののタイミングを逸していまい、まともに使うこともなく40代になってしまった。仕事ではαシリーズの一眼レフ、趣味ではレンジファインダーカメラを使うことが定番化して久しい。


だいたいニコンというブランドは硬派すぎる。バイクに例えればカワサキのような存在で、「ライダーには二種類いる。カワサキ乗りか、それ以外かだ」に相当することをカメラの話で言い放たれた日にゃ、すみません、私にとってニコン様は遠い存在です。いつか機会がありましたら使わせていただきますです。とか言ってその場から逃げてしまう。


とはいえ、ある種の憧れのようなものもあるからクヤシイんだな。そんなある日、普段からなにかと世話になっている“編集長”ことS氏が「もう使わないから」ということでニコンをくださったのだ。しかも、伝説の一眼レフ『ニコンF』である。


Fといえば1959年に登場し、瞬く間にカメラの歴史を変えてしまった名機中の名機。3本のレンズとともに5月のとある日曜日にそれは送られてきたのだった。ほどよい重さ、ほどよい大きさのダンボール箱を開けてみると、そこにはプチプチでくるまれたいくつかの塊があった。


そのうちのひとつ、直方体のヤツを開封する。ちらりと銀梨地のトンガリ頭が見えた! おお、これぞ伝説の三角形、ニコンFのアイレベルファインダー!! 円柱状の塊も含め、残りのプチプチをすべてひんむく。


するとシルバーのカメラボディと24mm、50mm、105mmのレンズが現れる。上品かつ堅牢な雰囲気の、金属とガラスとレザーで構成された4つの塊が机の上に並んだのだ。心が震えるぜ。


さて、これらのお宝だが、すぐに使えるかといえば、残念ながらそんなわけでもない。いずれも使われなくなってから相当な年月が経過しているらしく、それなりに修理が必要なのだ。


ボディにレンズを装着し、ファインダーを覗いてみた。ぼやーんとしている。光学系にカビ、クモリが相当出ていると思われる。シャッターを切ってみる。低速シャッターが明らかに遅すぎる。音も変だ。


レンズをはずしてシャッターを切る。すると、ミラーアップしてないことが判明。周囲のモルトプレーン(黒いスポンジ)もぼろぼろである。


ということで、何度もお世話になっているお医者さんことTカメラサービスへ持ち込んだ。ざっと見積もっていただき、ちょっと悩んだ上、ボディと24mmと105mmのオーバーホールをお願いすることにした。


ふふふ。ついにオレもニコンオーナーか。なんだか不思議な気持ちだぜ。こころなしか口調まで硬派になってくるぜ。見ろよ、夕陽がまぶしいぜ。修理には2〜3週間かかるとのことだった。


そういえばこのところ複数の方からカメラをタダ! もしくはタダ同然! で頂いている。いずれもジャンクもしくはジャンクすれすれ状態のものが多く、また、よりにによって、そのどれもが昔憧れたカメラなのである。


これらを修理して使ったり、修理せずにごまかしつつ使っていたりするのだが、ファインダーを覗き、シャッターを切っていると、まるで今がフィルムカメラ全盛期なのではないか? と錯覚を覚えるくらいどのカメラも現役時の輝きを失わずに、いい仕事をしてくれるのだ。


また前のオーナーを知っているというのも、楽しく使える要因なのかもしれない。ちなみにニコンは40年くらい前にS氏が大学の先輩(金持ちのボンボン)から譲り受けたものだそうだ。


当時、先輩はS氏の美しい妹君に気があったらしく、なにかってーとS氏宅に遊びに来ていたらしい。そんなセイシュンの一コマも記録したであろうニコンFが、巡り巡って我が家にやってきてくれた。


これは、オレのセイシュン時代の思い出の地にも連れていかねばなるまい。てなことを日々考えているうちにあっという間に時は過ぎ、完全復活したニコンFが我が手に在る。


そして6月のある日、オレはFとともに広島県は尾道市へとやってきたのだった。


完全復活を果たしたFは毅然とした態度で黙々と仕事をこなす。ファインダーも実にクリア。ヘリコイドの動きもスムーズ。


使ってみた感想だが、まずピントリングの回転方向がいつものカメラと逆なので、少々気を使った。それさえ慣れてしまえばこっちのものだ。シャッター音も機械っぽくて気持ちいい。


フィルム交換のときは裏蓋をまるごと外すので、雨が降って来たときはちょっと苦労したが、それこそがFの醍醐味って気にさせてくれる。


基本的に露出計すら付いていない実にシンプルな機械ゆえ、使い方に戸惑うことは一切なかった。余計な機能を満載しているデジカメの、対極の存在かもしれない。


現像したところ、露出どおりに仕上がっているようだ。レンズの印象はとてもシャープで力強い。コントラストも高く、風情というより現実、情緒というより写実って感じがする。


昔の新聞を想起させる、ドキュメントな印象なのだ。考えてみれば1960年〜70年代は、どの新聞社の写真もFで撮っていたに違いないから、そんなふうに思えるのも納得がいく。


今回は雨を避けながらの町並み撮影に終始したが、荒めの高感度フィルムで動きのあるモチーフを撮影してみるのも面白いだろうなあと思うのであった。これからの人生がまたもやタノシミになってきた。


Fのいる生活は始まったばかりだ。


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雨上がりに24mmレンズで尾道水道を見下ろす。うっかりすべってコケないよう緊張して撮影したら緊張感のある描写に。


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山の手から商店街へ通じるヘアピンカーブ。高低差もスゴい。


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105mmレンズで中腹から坂を見下ろす。


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スイッチバック階段。実際、この場所に立つと目が回るような錯覚に陥る。無作為の天命反転地といった印象。


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105mmで港から山の手を見る。屏風のように家々と階段が立つ。


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向島の猫。


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向島の路面。うねるような三次曲面を描く。地面を見てるだけで時を忘れるくらい楽しめるのだが、地元の人にしてみれば当たり前の光景。


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今年はツバメを見ないなーと思っていたら、ここにはたくさんいました。


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大好きなパン屋さんの側から尾道水道を見下ろす。その向こうには向島。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


さて今回は『冬の尾道』最終回、素敵な物件について語ります。あくまでもオレ基準の素敵な物件です。念の為。


オバQ
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電気屋さんの前にて。なんと2010年まで現役だったのだが、閉店に伴い姿を消していた。もう会えないかと思っていたら、その店舗が観光案内所的な空間に変身しており、オバQも復活。


さすがにもう動かないらしいが、商店街にこういった記号が存在するだけでみんなが幸せになれる。オバケの国なんかに帰らずに、これからもここにいておくれ、Qちゃん。


ヒーローとフラフープ
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こころのふるさとたる所以である。ここは昭和だ! 尾道にはいつ行っても故郷に帰ったような安心感を覚えるのだが、今回もウルトラマンエースがかっこよく迎えてくれた。


現役の商店街ほどその地の文化を肌で感じられる場所はない。「商業施設を作ってやるからここに住め」という考え方に基づいた町は、住民の高齢化とともに破綻してゆく。


日本全国イオン化している中、「人が住みやすいと、良い店も増えてゆく」という自然な流れを意識することこそ、町の繁栄につながるんじゃないかと思う今日この頃である。


歩幅
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美しい平面に肉球の跡をつけるのはさぞや快感であろう。犬猫の気持ちはわからんが、この行為だけはわかる! オレもやってみてえ。


雪が降ると誰も歩いてないところを歩きたくなるものだが、その心理の究極形がこれだ! しかし人の体重は重すぎるので、ここまでほほえましいレリーフは作れないだろう。


自転車
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今回、尾道をモノクロフィルムで撮影して「尾道は陰影の町である」と断定したオレである。朝日があたって一日が始まり、夕陽があたって一日が終わる。


当たり前のことなのだが、一日中高層建築の影に暮らしていると、どっちが東でどっちが西なのか、なんてことは意識しないとわからなくなってしまう。しかし、ここ尾道では常にそれを感じることができるのだ。この当たり前こそ最高の贅沢と言えましょう。


すべりどめ
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尾道は坂の町である。水はけの工夫と同じように、滑り止めの工夫は、生活していく上での必然から生まれる。そこに生活者の美意識が加わるとこんなにも素敵なデザインが誕生する。きれいだなあ、どんな人が作ったんだろう。と思っていたら、すみっこにサインがあった。
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道の字
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幼稚園の運動場の壁には風抜き穴があって、そこには鉄でできた素敵なタイポグラフィが埋め込まれている。使われ方や素材を考えた上での創意工夫が素晴らしい。写真は全8文字の内のひとつ。当然、尾道の「道」です。ひょっとしたら全国には、まだこんな文字がたくさん残ってるかもしれない。それを探して記録するってのもライフワークとして楽しそうだ。


新聞受
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郵便受けほどメジャーでなく、牛乳受けほどかわいくない存在ではあるが、新聞受けも素敵だ。この絶妙な直線と曲線のコンビネーションを見よ!


展開図がすぐに浮かぶほどつくりはシンプルだが、質素な中にも華を感じさせようとする作り手の工夫を感じる。魔法瓶の花柄にはヘキエキするが、こういった静かな思想は好ましく思えるのであった。


洗面台
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使われなくなってどれくらい経つのであろうか。ここ尾道では、こういったものたちを度々見かける。ワビサビを感じる反面、空き家が増えて取り壊されて、という流れを背後に感じるのもまた事実。


港の建築
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港のまわりには、煉瓦づくりの倉庫や海運会社の建物など貴重な近代建築が残る。生活者のことを思えば致し方なしだが、絵的には背後のマンションさえなければなーと思うのだった。


山の手と違い、平地は区画整理も容易なためか、失われてゆく風景が多い。全国的に言えることだが、おじいちゃんと孫が同じ地に住みながらも同じ風景を共有できないことに対し、我々はもっと危機感を持つべきではなかろうか。


以上、3回連続でお送りした『冬の尾道』いかがでしたか。書いてる本人はスゲー楽しかったのですが、読んでる方の中にはクドイ! と思われた方も少なくないと思われます。という訳で、近いうちに『春の尾道2012』を発表予定。乞うご期待。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


こんにちは。わが逃走です。今日も前回にひきつづき、尾道について語ります。今回は私の個人的美意識、主観、えこひいきにて選出した美階段の話に特化しました。


とにかくここ“坂の町”尾道には、葉脈のように広がる路地とともに、無数の階段が存在しています。車が入ることを前提としていない道が多く、人がすれ違うときにはどちらかが端に寄って道をゆずらなければならないほどせまい路地もこの町の魅力です。つまり、人間サイズに設計されている町なのです。


そんな町の、人のために人の手によって作られた階段たちはどれも美しく、作り手の魂を感じられる魅力的なものがたくさんあります。機能美と彫刻的な存在感の両立とでも言ったらいいのか…。一段ずつ高さも幅も違ったり、どことなく傾いていたりするけれど個性的だったり、ありえないくらい急だったりなどなど。


それでは…クラスの女の子全員が魅力的で、誰にちょっかい出すか本気で悩む童貞少年のような心境でチョイスした超個人的趣味全開、魅惑の階段ワールドへご案内いたします!!


1◎夕陽のあたる階段
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この階段には感動した。まさに芸術的造形。まず道路から3段上ったところで二手に別れる。右の階段は民家へと続き、左はほとんど直進のように見せかけて、イレギュラーな動きをするのだ。
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3段目で向きが90度回転するようにも見えるし、一部分のみ見れば、道路からのリズムのまま急激に幅が狭まって5段目まで続いているようにも見える。とにかく4段目・5段目に相当するであろう部分で、段の幅も奥行きも高さもバラバラになりそれ以降はせまい幅のまま高台へと続いてゆく。


頂上から階段全体を見下ろす。
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件の部分を見下ろす。
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件の部分を見上げる。
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信仰心すら感じさせる造形。古代遺跡のようである。


2◎魅惑的な曲線階段ふたつ


あまりにも美しい階段だらけで思わずコーフンしてしまい、位置関係を忘れてしまった。いずれも1の階段のすぐ近所にて発見。斜陽の影響で段の美しさが強調される。しかも西に向かってカーブしているのだからなおさらである。
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手作り感覚あふれる手すりの造形も秀逸。私道だったか公道だったかも記憶にないのだが、このような美しい階段を通って家に帰れるのであれば幸せこの上なしである。


おそらく踏み面の形状、面積がすべて違う階段。
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周囲の植物と手すりの影が階段に落ちる頃は立体感が一層強調され、より美しく感じられる。


3◎三角からはじまる階段


もう、用がなくとも上り下りしてみたくなる、そんな美しい階段である。見てくれ! このキュートな三角の切れ込みを! 今思えば、下から見上げた姿も撮影しておくべきだった。
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とにかくこの構造美に舞い上がってしまい、目に焼き付けるので手一杯、思うようにシャッターが切れない。


4◎瓦屋根の家へと続く階段


借景の逆ですね。美しい階段を風景に貸して、この町をより魅力的に見せている。
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小川が庭を横切っていることと同じくらい、階段を下りて玄関へ通ずるってのは羨ましい。この場合の階段はニュータウンなんかにある既製品的なものでなく、勾配に暮らす必然から生まれた階段をさす。


この階段の魅力を鉄分多めのヒトに語るときは、「工場専用線の面白さと似ているよね」と言おう。


5◎キレのあるS字階段


柔らかい造形の直線階段から、エッジのきいたシャープな曲線階段への流れが絶妙。
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写真はちょうど太陽が雲に入ってしまったときのものだが、夕陽があたったこの階段は、より造形的魅力を強調してくれることだろう。とはいえ手前のやわらか直線階段との対比あってこその美。


6◎扇型階段


扇型階段といえば文京区大塚5丁目が有名だが、ここもかなりスゴイ。海を背に国道を越えたと同時に山陽本線をくぐり、目の前がこの階段となる。
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そのまままっすぐ上れば浄土寺、右に曲がれば海龍寺への路地、左はなぜか行き止まり。その昔はここに住宅でもあったのだろうか。それにしても、見る者に設計者のインテリジェンスを感じさせる見事な造形美である。


さて、光が変わると風景も異なる表情を見せる。この階段は何度も訪れているのだが、いつも日没間近の時間帯になってしまうので、次回訪問の際は朝イチに来てみようかと画策している。


7◎千光寺から西の方へ少し下ったあたりの階段


よい路地である。いわゆる観光コースとはほんの少しずれたところにある美しい階段道だ。尾道水道を眼前に眺めながら、クランク状に進むわずか数10メートルの中に絵になる風景のどれほど多いことか!
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8◎宝土寺近くのメジャーな階段


観光地図に沿って歩けば必ず通る、有名な階段。前にも紹介したけど、坂の町において隣家の屋根は足元にある。町の構造が見える楽しい階段。
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9◎カーブの内側の風流な階段


ここも有名な物件。映画『転校生』のオープニングシーンにも登
場している。
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この階段の美しさは当時中1だった私の心を鷲掴みにし、「いつかは尾道に行ってみたい!」と思わせたのであった。階段自体の美しさは当時のままではあるが、上った先に人の住む気配はなかったようだ。
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行政による区画整理の魔手からは逃れているが、少子高齢化が要因と思われる街並の変化がゆるやかに進む。


10◎ほとんど崖と言っても過言ではない階段


手すりがなければ崖と言われても異論なかろう。曲がりくねる路地を通って初めてここに出たときは、「ここホントに道なの?」って感じだった。
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地元のおばあちゃんが元気に上ってきて「こんにちはー」と挨拶してくれたので、ああ、通っていいんだと納得した記憶がある。一応こう見えてエッジのゆるやかな階段なのだが、写真は全光になってしまったので段差がわかりにくい。次回はここもより階段らしく撮影したいと思うのだった。


11◎究極の二重階段


尾道駅近く、周囲は徐々に暗くなってゆく。フィルムもISO100だとそろそろ手ブレが心配かなーという時刻。


ふと商店街の脇を見ると、細い路地から一気に続く階段道が!
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一気に頂上まで駆け上がる。均整のとれた美しい階段。
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あれ? ちょっと待てよ。なにか重要なものを見落とした気が…。これだ!
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この階段、中心を境に左右で角度がかわっているのだ。下から見て左側の傾斜がきつくなり住宅の入口へとつながっている。上から見下ろすとこんな感じだ。
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両階段の接点付近には、かつて構造物があったらしく緩やかな側に削られたような跡があり、これが遠くから見るともう一方の階段が落とした影のようにも見える。
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この直後日没となり、この日の階段撮影はここまで。建物の影の影響もあり、絞りは解放付近での撮影となった。そんな訳で、多少のブレやボケはお許しください。こんど行くときは、午前中の光で撮ってみたいところ。


という訳で、美しい階段をご紹介しました。尾道には名もない美階段が無数に存在しており、それらを学術的に整理し、まとめるのは至難の業でありましょう。なので私はやりません。


しかし、学術的には無理でも、感覚的にならできそうな気がしています。このすばらしい構造美を理解してくださる人達(と自分)のためにこれからも尾道の階段の写真は撮り続けようと思っています。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poographics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


もう何度も来ているけど、何度来ても良い。私の思う美が凝縮された町である。その美とは、対比の美だ。


海と山、光と影、生と死、さまざまな相対する関係のモノゴトが絶妙なコントラストで共存する。


狭い路地と坂の町は歩くたびに新しい発見があり、歩くだけで新しい気持ちになれるのだ。


昨年はあんなに暇だったのに、今年は異常な忙しさである。正月も結局3日から仕事を始めたわけだが、ほんの少しだけ、エアポケットのように時間ができた。この時間を使わずしてどうする?


ということで、エイヤっと尾道まで行ってきました。前回からおよそ一年ぶりになる。せめて年に三回くらいは行きたい。できれば毎月通いたい。


私にとって尾道とは“きっかけの町”とでも言ったらいいのかなあ、気づかなかった美しさを発見できるのはもちろん、ここに来ると新しいアイデアが溢れてきて、作りたいものがどんどん出てくるのだ。それすなわち充実感の源ともいえる。なんつーかこう、漲ってくるのである。


今回は一泊二日の旅だったけど、その間中ずっと歩いていた。尾道で歩くということは、急な階段や坂道をひたすら上ったり下りたりする、という意味に等しい。


運動不足の私にしてみればけっこうキツいはずなのだが、一歩進むたび劇的に変わってゆく風景の中に身を置ける喜びの方がはるかに大きいので、疲れはまったく感じなかった。


ここ数年の「尾道へ行く」は、私にとって「たのしく写真を撮る」と同義語でもある。訪れる度、自分に対して何らかのテーマを課すのだが、今回の撮影テーマは「ライカ×モノクロ!」。


とにかくライカで尾道を撮るのは夢だったし、久々にモノクロ脳(=風景を色彩ではなく陰影で見る)でこの地を見てみたかったというのもある。そして後から色を想像することで、より印象に残る絵が得られるのではないか? なんて思うのだった。


そもそも、仕上がりをイメージせずにカメラ任せで撮影した後、カラー写真をモノクロ変換するのと、はじめからモノクロ脳でシャッターを切るのとでは潔さが違う。それが絵に表れるのは当然といえば当然といえよう。


今回の機材はライカM3とレンズ三本(ズマリット50mmF1.5、ズマロン35mmF3.5、エルマリート90mmF2.8)。いずれも1950年代の製品である。使用フィルムはネオパン100ACROSとトライX。フィルム現像はラボに依頼し、ネガをカラーモードでスキャンした後、SILKYPIXでデジタル現像している。


尾道水道に沿った海っぺりの商店街から山陽本線を越えると、急激に地面がせり上がってゆく。多くの寺社と住宅が密集するこの山の手地区は被写体の宝庫である。
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何の変哲もないブロック塀であるが、等間隔にあけられた穴と対になる関係で塩ビ管が。きっと意味のある構造なんだろうけど、どこかミニマルアート。
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猫。行く先々で出会う。
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絶妙な曲面をつくりだす煉瓦と石積み。学校と学校の間の路地なのだが、独特のフシギ感があった。
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尾道のY字路は、狭くそして急だ。
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坂と坂の間の小さな階段。その場所の必要性から生まれたオブジェクトである。全国的に既製品的街並が増殖する中、このようなオーダーメイドの構造物の美しさに出会える幸せ! まさに詠み人知らずのデザイン。おばあちゃんがゆっくりと上ってゆく姿が印象的だった。
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路地の向こうに陽を反射させる海。
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海にも屋根瓦にも線路にも石垣にも、等しく陽はあたる。
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うねりながら続く路地のまわりには、微妙に歪みつつ西日を反射する屋根瓦、わずかに崩れた土塀、なつかしい牛乳瓶受け、そして振り返ると瀬戸内の海と島々。


何度来ても、知らない道が増えてゆく。この巨大な生き物の体内に迷い込んだような不思議な感覚を、多くの人に知ってもらいたいと思うのでした。(つづく)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


今年は念願のライカも手に入れたことだし、物欲から遠ざかり真面目に生きようと思っていたにもかかわらず、某中古カメラ店の年末恒例赤札市を覗いてしまった。


で、ある商品に目が釘付けになったのだ。美品クラス、箱も取り説も付属品もすべて揃った素晴らしい状態のCONTAX TVSがなんと8,000円。高級コンパクトの代名詞的存在であるT2をベースにズームレンズを組み込んだコンタックスの意欲作、当時17万円もした高嶺の花的存在が8,000円。


お店の人曰く「メーカーでの修理受付が終了したため、突然安くなった」とのこと。とはいえ、そうそう壊れるようなモノでもなかろう。モノは中古という扱いではあるが、新品価格から16万2000円引きというのは好ましい。95.3%off。すなわち9割5分3厘引き。これはお買い得といえよう。


スーパーカーに例えれば、2,500万円のフェラーリが117万5,000円で買えることになる。んー、えーと、プラモデルに例えると、1/60スケールのパーフェクトグレードガンダム(1万2,000円)が564円。うお、これは安い! やはりもう、これは買うしかないか…。


てことは、これを300円のガンダムに置き換えると、一個14.1円。まあ確かに安いが、これはこれで微妙でもある。定価でも20個以上買える計算ではあるが、300円くらいポーンと出せるオレにとって、ガンダムが15円だからといって物欲は刺激されない。


では、高い『資生堂パーラー』の高いカレー2,940円が138円だったら? 大変だ! ザギンの高級な店がビンボー人で埋め尽くされてしまう!


ということは、この価格は事件である! 暴動がおきても不思議じゃない。このパニックを未然に防ぐには、もうオレが今ここでCONTAX TVSを買うしかないのだ。この間約2分。


結局購入したのだが、とはいえこのカメラが必要かといえば決して必要なものではない。必要ないものを買うことそれ即ち無駄遣いなのである。ああ、無駄遣いすると気持ちがいいなあ!


で、早速撮ってみることにした。このCONTAX TVSに搭載されているズームレンズ『カールツァイスT*バリオゾナー』は妥協のない設計で有名だが、解放F値が3.5〜6.5と暗い。ここはやはりISO400のポジで、と思って買いに行くと、ない。ないって訳じゃないのだが、気がつくとほとんどのISO400のポジフィルムが生産中止となってしまい、あったのは二種類だけ。しかも高い!


5本で6,000円近い値段である。あと2,000円出せばこのカメラが買えるぞ! いつもISO100ばかり使っていたせいか、400のポジがここまで絶滅に近づいていたとは知らなかった。まさに驚愕したのであった。


とはいえまあ、あるだけマシってやつですね。いくらカメラがあってもフィルムが消滅したら無意味の極みです。で、結局買わずに備蓄していたISO100のポジで撮ってみた。


んでもって、やはり感じたことは「暗いレンズだー」。なのである。つまり、屋外スナップの場合、晴れの日じゃないと(とくに望遠側で)ブレるのだ。このカメラは小さくてどこにでも持って行けるのがウリなので、となるとやはり400を常用とすることが最善策でございましょう。


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信号
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ビル
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落ち葉
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こうして見てみると、濃厚で趣のあるシャープな絵が得られる良いレンズと言えましょう。以上、今回も無駄遣い自慢でした。


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齋藤 浩


前にも何度か尾道の話を書いたが、また書くことにする。


私は自分の生まれた場所や育ったところにはこれといって執着がない。そのかわり、なのかどうなのか…、この広島県尾道市というところには並々ならぬ思い入れがあるのだ。


あえて恥ずかしい言葉で表現するのであれば、心のふるさととでも申しましょうか。この町には「オレの好きな曲がり角」や「オレの好きな電柱」、そして「オレの好きな階段」がたくさんあるのだ。


しかもどれもが飾らずに美しく、ここに住む人たちの暮らしと密接な関係にある。同じ坂道でも、朝と夕方ではまるで表情が違う。同じ路地でも、行きと帰りとでは別の場所のような錯覚を覚える。あくまでも普通の暮らしの中での風景がこんなにも絵になってしまう町を、私は他に知らない。


住みたいと思わなくもないけど、住む資格はまだない。なので、足しげく通って尾道の素晴らしさを少しでも多くの人に知ってもらおうと思う今日この頃なのだ。この『足しげく通うこと』を、私は里帰りと呼称する。


年に何度か里帰りをしたいのだが、「ただなんとなく」では周囲が納得してくれるはずもない。正当な理由もなくふらりといなくなることは、家族やスタッフからの信用に傷がつく。まあすでに傷はけっこうある訳だが、これ以上増やしたくない。さて、どうしたものか…。


で、思いついたのが、「理由なんて作ればいいじゃん!」。という訳で、いままで撮った尾道の写真をまとめて個展を開催します。場所及び日時未定。で、その写真を使って観光ポスターを作りませんか? と尾道にプレゼンに行き、めでたく採用されたとして、で、それがADC賞かなんかとっちゃったら最高ー! と妄想は膨らむ。


つまり、『個展及び自主プレのための撮影』ってことだ。あ、なんかちゃんとした理由っぽいじゃん。


と安心な僕らは旅に出ようぜとばかり1月某日朝、のぞみ17号にて尾道へと向かったのであった。途中雪のため10分遅れて福山に到着。在来線に乗り換えたら進行方向左側の窓際を確保する。東尾道駅を出て造船所のクレーンが見えてくると、もはや身も心も帰郷モードだ。


大きなカーブに沿って遠くに見えていたクレーンが徐々に近づいてくる。進水式前の巨大な貨物船の横をかすめ、煉瓦造りの変電所を抜けたところで海!という絶妙な演出。まるで映画だ。尾道大橋を越え、瓦屋根の家並みが見えてくると列車はゆっくりと減速し、尾道駅へ到着する。8ヶ月ぶりだ。懐かしいなあ。


荷物をホテルに預け、身軽になったところで尾道ラーメンを食す。あったまったところで撮影開始だ。今回の撮影で自分に課した条件は、『ツァイスで撮ってフィルムに残す』だ。


2年前のカールツァイスレンズとの衝撃的な出会い以来、重度のツァイス患者となってしまった私だが、実はまだ一度もツァイスレンズを通して尾道を記録していない。また、レンジファインダーカメラでのフィルム撮影もしていない。最近やっと納得のいく、フィルムとスキャニングとPC上での現像処理の流れが見えてきたので、この度晴れて趣味全開モードでの撮影がかなった訳です。


この日のカメラはツァイス イコン。ライカMマウント互換のZMマウントを採用した究極の趣味カメラだ。レンズは21mmと35mm、50mm。天気は曇り…というか、この白くてふわふわした粉はひょとして雪ですか?? 寒さは熱い郷土愛でなんとかなる! 天気もきっと晴れてくるはずだ! そんなことを思いつつ、坂と階段の路地が待つ山の手へと向かったのだった。


階段
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ここは何度も撮影してるんだけど、今回もやはり撮ってしまった。美しく、歩きがいのある良い階段だ。ツァイスで撮ると立体感がより強調され、石段を踏んだときの感触や、死角になってる塀の向こう側も見えてしまうような気がする私はやはり重度のツァイス病か。


さらに路地の向こうにも階段。
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とにかく一歩進むごとに景色が変わる。しかもドラマチックに。以前彫刻の先生に「立体物は4方向から見たうち、少なくとも3方向から見て面白くなければいかん」と言われたことがあったが、ここ尾道は人が入り込めるサイズの巨大な彫刻なのではないかと思わせるほどの“無作為の美”がそこにある。


ネコのある風景
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尾道の猫は旨い魚を食ってよく運動しているから健康的だ。しかしこれは一輪車の方のネコである。さりげなく立てかけてあるだけなのに、なんとも風流に感じるのは郷土愛故か。これで陽がさしてきたら、グレイのバックと鮮やかな青とのコントラストが明快になり、また違った表情を見せてくれるに違いない。


塀と屋根
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ここ尾道では急坂に貼り付くようにして家が建ち並んでいるため、一階の高さに隣の家の屋根がある。決して作為では生まれ得ないこの面構成! もはや芸術の域である。


塀と消火器の箱
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この壁だって、わざとこんな色彩に仕上げたわけでは決してなのに、こうして切り取るとリズミカルな抽象画になってしまう。経年芸術とでも言おうか。剥がれ落ちたであろう「消火器」のラベルのあった部分だけが彩度が高いが、そこがまた絶妙なアクセントとなっている。


墓石地平線
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青空が出てきた。ふと振り返ると瓦屋根の向こうはお墓である。尾道のいいところは家と寺と墓地が隣り合っている点。こうしていても、おじいちゃんやおばあちゃんが見守ってくれているような気がする。死をタブーとして見えなくする傾向は、死への恐怖を助長する。日常と死が共存しているここ尾道では、お墓はぜんぜんコワくないのだ。



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塀と屋根が直線的に交わって突き放した構成になると思うと、有機的なドロバチの巣(?)が抑えに入る。こういうことに気づけるような、ゆったりした日常がいい。



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松の内も過ぎようとしているのに、蝉の抜け殻が! 生と死とか、時間の流れとか、いろいろと考えてしまう。さすが時をかける町、尾道。


細道
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一見して道とは気づかない道が、尾道にはたくさんある。とりあえず行ってみると、意外な景色に繋がったりする。当然すれ違いなんかできないから、向こうから人が来た場合、どちらかが戻って道をゆずることになる。こういったちょっとしたコミュニケーションが旅の思い出として心に残るのだ。


紅白
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細道を行くと階段があり、上っていくと学問の神様が。お正月仕様の紅白の幕がことのほか鮮やかだった。


階段
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実はここ、あの有名日本映画の名シーンの撮影地なのだ。あの男女が入れ替わってしまった階段も、視点を変えるとこうなる。


眺め
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神社からの眺望。以前ほどではないとはいえ、まだまだ瓦屋根の街並といえよう。遠くに山陽本線、その先が海。旅はまだ始まったばかりだ。


などと12点も写真を紹介してしまった。撮影はまだまだ続くので、この話もまだまだ続く。文句が来ない限り、しばらくは尾道ネタで引っ張るかもしれないが、ここはひとつ、好きなことを書かせていだだくことにする。それではみなさん、次回またお会いしましょう。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


治ったー! 直ったー! というべきか。ぶっ壊れたオリンパス・ペンSが修理から戻ってきたのです。


このカメラは私の“初めてカメラ”でして、幼稚園の頃から父に借りて使っていた。数年前実家に帰った際発見し、久々に使ってみたところ、ファインダーはぼやけているし、シャッターも錆びていたけど一応しっかり写る。


ネガフィルムで撮影すると、なんともいえないレトロな写真が撮れる。21世紀の東京も、昭和っぽく写るのだ。後から気づいたのだが、昭和っぽく写る理由は単にレンズがかびてただけのことだったが。ハーフサイズ版(通常の35ミリ版の半分のサイズ)だから、36枚撮りで72枚も撮れる。それゆえデジカメ感覚でバシャバシャいける。それはそれは楽しいカメラなのだ。


さて、冬のある日。私は風邪をひいて熱を出してしまい、もうろうとしながら窓の外を見ると、なんと外は雪ではないか! これは是非ともペンで記録せねば!と思い立ってあわてて外に飛び出したところ、何をどうしたことかうっかり手がすべって大切なペンをコンクリートの地面に落っことしてしまったのです。


カメラを落としたことは、後にも先にもこれっきり。まさか人生でカメラを落とす日がくるとはね。病気なんだから素直に寝てればいいものを。ああ、取り返しのつかないことをしてしまった…。カメラを見ると、ちょうど底面後側の角が2カ所へこんでいる。



機械的には問題なく作動はするようだが、落としたときに歪んだ影響か光が漏れてしまうらしく、中途半端にギラギラした露出オーバーっぽいへんちくりんな写真が撮れてしまう。


という訳で、熱出した日を境にペン熱は冷め、一応修理をしてくれる店は探し出したものの持って行く気力もなくし、底面のへこみを見ると人生そのものが嫌になって死にたくなるので、防湿庫の奥深くに見えないようにしまっちゃったのでした。


それから幾年かの歳月が過ぎ、先日カメラの整理をしていると、おお、あのときぶっ壊したペンが。心の傷もだいぶ癒えてきたので再度修理してくれそうな店を調べたところ、2つ隣の駅前に良さそうな店があるではないか!


という訳で『Tカメラサービス』に持ち込んでみた。駅を降りて商店街を進み、神社を左手にみながらさらに歩く。ほんとにこの道でいいの? と少し不安になりかけた頃、黄色い看板が見えてきた。


店内を見ると、1960〜70年代のものを中心に三方の壁がカメラで埋め尽くされている。すげえ! 引き戸を開け、店内に入ると初老の男性が「今日は、どうされましたか」的なことを聞く。おお、まるで小児科の先生のようだ。


「あのー。ぼくの大切なオリンパス・ペンが〜」
「ああ、ペンね、見せてごらんなさい。ほほう、きれいに使ってるねえ」
「ところが間抜けなことに落っことしてしまったのです」
「ほほう、なるほど。ショック品、と。」
“先生”は必要事項をカルテに書き込みながら細部をチェックしているようだ。


そして、まるで「お薬は一応5日分出しておきますので、とくに手洗い、うがいを忘れずにね」とでも言うがごとく「2週間くらいで直ると思いますよ、では、こちらに連絡先を書いてくださいね。たぶん1万5,000円くらいかな」と仰った。残念なことに保険は効かない。


ふと横を見ると、そこにもオリンパス・ペンSが値札付きで置かれている。しかも人気のf2.8バージョンが1万3,800円。どうやらここでは修理を終えたカメラの販売もしているらしい。「あ、それね。修理済みですから安心ですよ。しかもここまで状態のいいペンはなかなかないですね」“先生”は言う。


うーむ、修理するよりも安く手に入るのか。しかもオレのはf3.5だからなー。買った方が安いというのはなんとも…と一瞬戸惑ったものの、脳裏に幼少の頃のペンとの思い出が走馬灯のように浮かんでは消え浮かんでは消え…。買いたい気持ちをぐぐっと抑えて「いや、修理をお願いします」。「ふふふ、みなさんそうおっしゃいますよ」。そうなんだよね。いわゆる愛着ってやつだ。デジカメにはこういうのってなかなかないですね。


8日後『Tカメラサービス』から電話があり、修理ができたという。意外に早かった。さっそく受け取りに隣の隣の駅まで向かった。“先生”からペンSを受け取り、ファインダーを覗くと「うわっ」と思わず声が出ちゃうほどクリア。ペンのファインダーってこんなに見やすかったんだ。心なしか持った感じも若々しい。ちゃんと動くなら底面のへこみも気にならない、わけでもないが、まあいい。


“先生”から修理項目の詳細を聞く。「モルトプレーン、張り替えました。レンズとファインダーは清掃してあります。シャッターも点検済みです。その他の部品もできる限り調整しました」とのこと。


うーん、満足だ。凹みの跡はそのまんまだけど、歪みも直ったことだしきっとスゲー美しい写真が撮れるに違いない! とはいえ、ああ、これで凹みさえなければな…。と思った私の目に、再びアレが目に入ってきた。修理済みのオリンパス・ペンf2.8「1万3800円」である。こいつのフタをそのまま付け替えれば…!


結局誘惑には勝てず、2台になったオリンパス・ペンSとともに家路についたのであった。



ちなみにこのオリンパス・ペンSというカメラは、フィルムの装填の際、蓋を開くのではなく蓋(=裏蓋底面一体型の部品)を外すのだ。



なので、同じカメラであれば差し替えが可能なはずなのだ。で、家に帰り早速蓋を交換してみたら、おお、ぴったり。これでなにもかも元通りだ。なのだが、しばらく眺めているとどうも違和感を感じてしまう。


事情を知らない第三者が客観的に見るのであれば、まったく以て美しいオリンパス・ペンSである。しかし、落っことして修理に出して蓋を交換した張本人から見れば、やはり他人のパンツ、しかも中古のパンツをはいてるようで無性に気持ち悪い。


結局蓋は元通りに戻した。これはこれでまあ良しとする。カメラも直ったので心にもゆとりができたのであろうか。フィルムも用意したことだし、明日から早速撮影してみようと思う。うーん、楽しみだー。つづく。


と、本題は次回へ持ち越す訳ですが、もう少し語らせてください。この商品はソニー・ウォークマンやホンダ・スーパーカブと並んで賞賛される『日本の独創的工業製品』なのであります。


何がスゴイかといえば、ハーフサイズというアイデアの下、一切妥協のない優れたレンズと、工夫をこらし極限まで小さくシンプルにまとめあげたメカニズム─これらを高次元でバランスさせ、なおかつ低価格で販売可能にした設計がスゴイのだ。


それまで、どうしても舶来品をありがたく思ってしまっていた日本人はもちろん、世界中にメイド・イン・ジャパンというブランド(だと思う!)を信頼させた功績はとてつもなく大きい。設計とデザインは当時入社したての新人・米谷美久氏。やはり“伝説”になる商品からは作り手の顔がきちんと見えるのだ。


昨日、デロンギのコーヒーメーカーが突然壊れた。いつものように水を入れたらいきなり下から漏れてきて、床中水浸しだ。買ってから一年ちょっと。その前には、ハーマンミラーのアーロンチェアの軸が、突然ボキッという音とともに折れた。これも買ってから一年くらい。


普通に使っていてこれだ。ブランドはいずれも一流だが、どちらもメイド・イン・チャイナ。別に中国の悪口を言うつもりはないけど、一流ブランドならどこで製造しようが一定のクオリティはクリアしてもらいたいところ。メイド・イン・ジャパンだって、この信頼がいつまで続くか不安になる。


「不良品は新品と交換すればいい」という考えがあるのであれば、それは作り手の思想として問題だ。ここらで我々はオリンパス・ペンの伝説から、『メイド・イン・ジャパン』を築き上げた姿勢と情熱を学び直すべきかもしれない。


オススメの本を紹介します。
朝日ソノラマ刊 米谷美久著「オリンパス・ペン」の挑戦(絶版)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4257120363/dgcrcom-22/


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齋藤 浩


こんにちは。先日、訳あって1泊2日で北海道は旭川・美瑛・富良野くんだりまで行ってきました。


1日目は快晴。2日目は土砂降り。初日に目的は済ませていたので、2日目はフリー!! こうなると普通は旭山動物園に行ったり、美しい丘陵地帯を観光したりするのだが、まあ雨だしね。


それよりも、私にはどうしても行きたい場所があった。函館本線旧線神居古潭駅跡である。私の主だった目的は、そこに静態保存された3両の蒸気機関車をひと目見ることだったが、同行した極親しい間柄の年上の女性Aさんの同意を得るためにいろいろと調べてみたところ、歴史的にも地形的にも興味深い土地だということを知った。まあ地名からしてそれっぽいのだが。ちなみに神居古潭と書いて「カムイコタン」と読みます。アイヌ語の『神の住む地』に漢字をあてたもの。


さて。5年前に北海道旅行したときの地図をたよりに(カーナビは運転させられてるみたいで嫌いなのだ)、レンタカーにて美瑛から神居古潭へ向かう。途中旭川市街地にて『M』の生姜ラーメンを食す。初めて食べたが、たぶん昔ながらの味。
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きっとその昔、冬のある日に蒸気機関車牽引の列車で旭川に到着した旅人も、この繊細で優しい味わいで一息ついたのだろう。ラーメン=オレ的に『劣情の食べ物』なのにもかかわらず、罪悪感を感じずにスープまで飲み干せた。ほっとする味。安心感。そして味はもちろん、店の佇まいからして昭和なのである。のれん、テーブル、椅子、全てが北のラーメンを演出する。是非とも冬にまた来たい。


で、腹も満たされ国道12号に乗ってしまえば、20分もかからずにその地に到着する。トンネルの手前から側道に入り、駐車場に車を停める。外は雨。誰もいない。目の前は石狩川。今日も一昨日も雨なので、濁流の急流である。なんかコワイ。


そしてその濁流の急流にかかる吊り橋を渡る。下を見ると、川面にたくさんの渦が見える。なんでも水深70メートルのところもあるそうだ。コワイ。吊り橋より上流を臨む。コワイ。
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やはりここには神様が居るなあ。ちなみにカムイコタンと呼ばれる地は他にもいくつかあり、いずれも人を近寄らせないような場所だそうな。ここ旭川の神居古潭周辺には、縄文時代のストーンサークルや竪穴式住居の遺跡があるので、大昔から神を感じさせる力があったってことなのだろう。


また地学的にも有名だそうで、北海道を東と西に分断している『構造帯』ってやつがここを通ってるらしい。で、これをはさんであっち側とこっち側とでは全く地質が異なるそうな。ちなみにあっち側が火成岩と堆積岩からなる日高山帯、こっち側が蛇紋岩と変成岩からなる神居古潭構造帯。なのかな?


とかいろいろ考えてみるものの、興味の対象はあくまでも蒸気機関車である。橋を渡り、階段を上る。おそらく、鉄道橋を支える橋脚だったであろうレンガ造りの構造物の向こうに、雨にぬれ立つ蒸気機関車3両が、ひっそりと姿を現した。


1969年、函館本線の複線電化に伴う工事でルートが変更され、この渓谷に沿った旧線は廃止された。その廃止された線路を通って、廃車された機関車たちがこの地に運び込まれたらしい。


静かである。もはや二度と動くこともないであろう巨体が、本線から分断されたレールの上で無言でたたずむ姿は、なんとももの悲しく、なんとも美しかったのである。墓標のようである。かつてある彫刻家が自分の墓石を彫ろうと巨岩にノミを持って対峙したが、自然のままの岩のもつ力にはかなわないと悟ったという話を聞いたことがある。3両の黒い鉄の塊からは、生き様とか悟りとか、そんなことばが想起された。
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この3両の美しさ、力強さはの源は、やはりこの地にあると言っていいだろう。最後まで働いた終焉の地で、北海道の自然に見守られながら自ら墓石となれたのだ。これは幸せな人生といえるかもしれない。という訳で、彼らの足跡を紹介しよう。


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3両の中ではいちばん長生きした。大正時代の名機と誉れ高い貨物用蒸気機関車9600形。1913年製造。名寄区にて1969年10月廃車。奇しくも私の生まれた日と(ほぼ)時を同じくして廃車になってる。北海道にて蒸気機関車が全廃されたのが1975年だから、このときから6年もの間、蒸気機関車というものたちは生きながらえた訳だ。このときの状態で一路線でいいから動態保存路線を残せたらよかったのになあ。なんていつも思う。


ところで、蒸気機関車というものは同じ形式でも使われ方によってさまざまなバリエーションがあったり、配属地による改造などの影響で個体差が大きい。中でも北の大地を疾走したであろう証となるのが、スノウプラウ。いわゆる車両前部に装着されるスカート状の“雪かき装置”だ。


私はこの重装備な感じというか、取り付けた際の線路と車両の間の隙のなさにグッときてしまう体質なのだ。3歳頃から今に至るまでずっとそう。で、この29638にもこの車両専用のものが装着されている。北海道に転属になって、現場合わせで取り付けたと思われる。おそらくピストン先端部が干渉しちゃうので切り欠かれたのだろう、手仕事っぽい味のある上端部がイカスぜ。
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C57201、名機C57のラストナンバー。全部で201両製造されたC57形蒸気機関車の、201番目に製造された方がこちら。
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“製造された方”などと言ってしまうが、なんか蒸気機関車ってモノ扱いしずらいのだ。人っぽく感じてしまう。やはりあの息づいてる感じがそう思わせるのであろうか。


3両の中ではただひとり戦後生まれ。1947年製造。旭川区にて1969年10月廃車。こちらももちろんスノウプラウ装備。ヘッドライト脇に補助灯、さらに重油併燃装置付き。C57を『そのスマートで美しい姿から“貴婦人”と呼ばれている』とかいろんなとこで書かれているけど、オレはこいつを“貴婦人”と呼んでる奴を見たことがない。


どうでもいいけど、90年代初頭、ブームになった“スウォッチ”の紹介で、『“プラスチックの宝石”と呼ばれている』という文章を読んだことがあるが、オレはそんなこと言ってる奴に会ったことがない。あ、話がそれた。


で、オレ的に“貴婦人”なんて名で呼びたくないC57、中でもこの201号機は普通のC57とはひと味違うのだ。数少ない“四次型”と呼ばれるタイプなのだ! 写真では見たことがあったが、本物の四次型C57、しかもラストナンバーに出会えたことにこの旅の真の意義を感じてしまうオレさ。何言ってるかわかんないだろ?いいんだ、ほっといてくれ。


まあ、わかりやすく言えば『やまぐち号』で有名な、トップナンバーC571とは見た目がかなり違うのだ。主な特徴はカバーで覆われた給水暖メ器、前端部の切り欠きの深いデフレクタ、でっぱりのあるランボードなど。なんて全然わかりやすくないですね。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/2010/09/16/images/fig07.jpg


要は異端なのだ。異端の美とでも言おうか。それこそ“貴婦人”とか言われてるんだか知らないが、C57のもつスマートで美しいポイントが全て荒っぽい印象に置き換えられているというか。


C57であってそうでない…訳じゃなく、でもC57だという、まるで印刷のずれた切手にプレミアがつくような、しかもそれを見ているうちにオリジナルよりも美しく感じてしまうような、量産型ザクよりも旧型ザクに魅力を感じてしまうような異端を愛でる背徳感、ライカが欲しいとか言いながらベッサを5台も買ってしまう愚かさ。そんな自分のダメなところを映し出しつつも最後は肯定してしまうという甘えた人生振り返って、ここに反省するのでした。ありがとう、C57201。


D516、日本で最も有名な蒸気機関車、デゴイチことD51形の6号機。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/2010/09/16/images/fig08.jpg


1936年製造。北見区にて1969年10月廃車。1115両も製造されたD51だが、初期の95両は製造当時世界的なブームだった、流線型の影響をもつデザインになっている。このD516もその部類で、煙突から砂箱までをひとつの曲線でつないだ通称“なめくじドーム”をもつタイプだ。この日は雨だったので、なめくじがより一層なめくじにみえる。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/2010/09/16/images/fig09.jpg


こんな中途半端な“半流線型”じゃなくて、ドイツやイギリスみたいに完璧な流線型にすればよかったのに! と思わなくもないが、この程度のささやかな意匠だからこそ、その姿を今に保つことができたのかもしれない。ちなみに製造時、流線型でデビューしたC55形蒸気機関車は、整備がめんどうという理由で後年全て一般的な形状に改造されてしまっている。


雨の中、一人でなめくじドームをながめながら、第一次大戦と第二次大戦の間の、一瞬のモダニズムの輝きを、まるで法隆寺の柱からギリシアの神殿を見るように思い描いてみたのであった。


という訳で、狭く深く一方的な話でした。今回の写真(ラーメン以外)は全てZeiss Ikon+Biogon2/35mmで撮影しています。フィルムはプロビア100。やはりフィルムはいいね。あるうちに使おう。んではまた。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


私のMacに『さいとうひろし』と打ち込んだら再逃避路師と変換された。まさに『わが逃走』。みなさんこんにちは、齋藤浩です。


さて今回は、いつも通りまったく反応のなかった散歩レポートの続きです。茗荷谷界隈を紹介します。


茗荷「谷」ってくらいだから、その名の通り谷である。駅周辺から線路に沿って後楽園方面へ歩く。国道からちょっと細い道へ入ると、風情のある曲がりくねった坂道がつづくのである。


丸ノ内線は地下鉄と名乗りつつもたまに地上に顔を出し、たとえばお茶の水における神田川を渡るシーンや四谷駅侵入シーンなど、いずれもフォトジェニックな情景な訳だが、ここ茗荷谷も例外ではない。


カーブミラーにお稲荷さんの映る高架を渡ったり、



美しい階段のある築堤を走り抜けたり、



さらには名階段『庚申坂』のバックに、一条のアクセントを残してくれたりするのだ。



この庚申坂も実にダイナミックで美しい階段だ。階段の途中に小さな階段があったりして、実に微笑ましい。



と、壁面に謎の配線跡を発見。おそらく階段を灯す照明があったのだろう。現在は味気ないごく普通の街灯が向かい側に立っているのだが、かつてここには帝都東京の名に恥じないモダンなデザ
インのものが取り付けられていたに違いない(と思う)。美しいアールデコ調の照明が設置された姿を想像してみる。



庚申坂を登ったところで国道を茗荷谷駅方面へ戻り、こんどは反対側の湯立坂を下る。ゆるやかにカーブする美しいこの坂はタモリ氏も絶賛。ただ残念なことに道に面して高層マンションが建つらしく、現在工事中であった。


私の場合、でかい建物が建ってくると高低差の感覚が狂う。景観が損なわれるのはもちろんだが、どこが山でどこから谷になっているか的なことを、感覚的に把握しづらくなるのは寂しいなあ。


坂下のロシア料理屋にてピロシキとボルシチ(旨い)を食べた後、千川通りを渡ってすぐの東京大学総合研究博物館小石川分館へ向かう。


今回初めて訪れたのだが、展示もよければ建築もイイ。ちなみに明治9年築の美しい木造建築だ。東大の敷地内にあったものを40年前に移築した後、博物館としてリフォームされたらしい。この移築っぷりとリフォームっぷりが実に良い。当時の良さを見事に残しつつ、博物館として無理なく機能している。



建物は移築されたり修復されたりすると本物っぽさが失われ、レプリカっぽく見えてしまうことが多い。門司港レトロ地区がそんな感じだった。本物なのに、ディズニーランドの建物みたいに見えてしまう。


それに対し、ここは建物の持つ匂いとか、息づかいのようなものがきちんと感じられた。とくに内装がイイ。手を入れるところはきちんと手を入れて、雰囲気を残すべきところはきっちりおさえている。


さて現在ここでは『驚異の部屋展』なる展示が開催中なのだが、これがまたすごい! いわゆる学術標本といわれるモノ、たとえば建築模型や生物の骨格、機械の部品から何だかわかんないモノまで、整然と美しく並んでいる。





しかも素晴らしいのは、それらに一切説明書きがないのだ。ここまで潔いと見る方にしてみれば「これは何に使う道具なんだろう?」とか「これって三葉虫の化石? だよね??」みたいなナゾ解きを楽しめるのだ。解けないナゾも多いけどね。


こういう空間にいるだけで、アイデアがどんどん出てくるから不思議だ。これからデザインのネタに困ったらここに来ようと本気で思う。


ちなみにこの『驚異の部屋展』なるものは常設展で、公開はまだしばらく続くらしい。みなさんも是非。休館日は月火水。入場無料。といったところで、今回は短いけどここらへんで。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2006chamber.html


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続
けています。(【日刊デジタルクリエイターズ】 No.2839 2010/04/22.Thu.)

齋藤 浩


こんにちは。散歩好きの齋藤です。いい感じに暖かくなってきた今日この頃でございます。こんな日は美しい花を愛でるのもいいのですが、美しい構造物を鑑賞するのもまた一興。


てな訳で、先日、護国寺〜茗荷谷〜本郷と散歩してきまして、今日は護国寺近辺の魅力を語ろうと思います。


前も書いたかと思うのですが、私は子供の頃、一般的に「美しい」とされているものをそのまましいと思うことに抵抗がありました。例えば「花は美しい」。だから花を描きましょう、みたいな考えにものすごい抵抗を感じていたのです。それよりも、もっと普通にそのへんに落ちてる石ころを拾ってきて、美しいアングルを探す方がよっぽど楽しいじゃないか!


まあそんなひねくれ幼児の私は、道ばたに落ちてる釘やらボルトやら木の根っこ等を収集し、気に入ったものを棚に飾ったり祖父・三郎にプレゼントしたりしていた訳ですが、まさかそれが40過ぎても続いているとはね。カメラという文明の利器を手にしたので、さすがに最近はあまり拾ったりはしないけど、同じような感覚でシャッターを切っているような気がするのです。


さて、今回の散歩のプランニングに大変重宝した文献は、以下の3冊です。
『タモリのTOKYO坂道美学入門』講談社 2004
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063527239/dgcrcom-22/
『東京の階段─都市の「異空間」階段の楽しみ方』日本文芸社 2007
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4537255455/dgcrcom-22/
『東京ぶらり暗渠探検』洋泉社 2010
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/486248509X/dgcrcom-22/
いずれも超マニアック視点の東京案内と言えましょう。


こういう狭く深い本が普通に出版される世の中って、さすが21世紀だなーと思う。ネット社会ならではのマーケティングってやつ? 昨今の工場や廃墟ブームにしてもそうですが、まさかこんな偏った趣味の人がこうもたくさんいたとは! と心強くもあり、気味悪くも! あります。


かく言う私もその一人であります。こういった本のおかげで、普通に暮らしてる東京が知らない国のようにも見えてきます。まさに、拾ってきた石ころの美しいアングルを探す旅が毎日味わえるのです。


しかし、東京は新陳代謝の激しい都市です。本に出ていたのでいつか行こうと思っているうちに、土地は削られタワーマンションが建ち、前日の面影すらなくなることもよくあります。なので、思い立ったら出かけちゃうことをおすすめします。


某月某日午前11時、同じような趣味の若者及びシジュー代計7人が揃い、だらだらと出発。お茶の水女子大の裏手から豊島ヶ岡御陵の東を北上する。


このあたりは昔、水窪川という川が流れていた。いまは暗渠化されているその川に沿って歩くと、ちょうど尾根に相当するところが春日通で、そこから見下ろした谷を歩いているのがよくわかる。


という訳で、この周辺には美しい坂道や階段道がたくさんあるのだ。傾斜地は平地と違って区画整理がされにくい。なので、昔ながらの風情のある景色や建物が鑑賞できることが多い。とくにここ大塚5丁目あたりは、いわゆるワビサビ密集地と言えましょう。


なお、今回ここで紹介する階段は全て春日通から水窪川暗渠にかけての傾斜上にある。さっそく階段その1発見。



おそらく数年前に改修工事が成されたらしく、階段そのものは白く新しいコンクリートになっている。


しかし、周囲の家並みは大変風情があり、とくに頂上から見下ろす風景は古き良き昭和の東京だ。



数年前までは奥の駐車場にも昭和的木造建築が建っていたのだろうか。新陳代謝の激しい東京という街において、10年前の景色を想像することはなかなか難しいが、このあたりはまだそういった楽しみも残されている。


さらに進むと、そのテの本でも大きく取り上げられている名階段がある。細い路地の突き当たりから、突然扇型に広がる急階段がそれだ。



この階段の美しさを伝えるのは難しい。複雑な構造ゆえベストなポジションがみつからず、撮影しても平面的に見えてしまう場合が多いし、その立体的な美しさを伝えたくても、カメラのフレームで切り取った途端、ツマラナイ縞模様になってしまうのだ。


そんな訳で、ベストな一枚を撮影すべく、季節や時間帯を変えてこれからも見に行きたいと思っている。なお、この場所だけでなく、ここら一帯は限りなく私道に近い感じの住宅密集地である。訪れる際は、近隣住民の方の迷惑にならないよう、充分気をつけたい。


さらに暗渠を進むと、ほどよく曲がりくねった階段がある。頂上から見下ろせば、なんとなく尾道の風景をイメージしてしまう。



屋根の向こうに尾道水道を幻視しつつ野良猫と戯れる。と、階段の途中に素敵な構造物を発見。



どうやらコンクリート塀のちょうど真下に下水の蓋がきちゃったのかな? 蓋を機能させつつ、排水との両立を図った結果がこの仕組みなのだろう。私はこういった、現場合わせ的ささやかな工夫が大好きなのである。なんでもかんでもユニット化され、同じ形の家がコピペされたような新興住宅地にはこのような物件はまず存在しない。


気にせず通り過ぎてしまいそうな、これらのちょっとした“でっぱり”なども、構造から機能を読み解く楽しさを与えてくれる先生的存在なのだ。


そして、次に現れるのが昭和な木造建築にはさまれたこの階段。



うーん、美しい。とくに道路と接するところで幅がせまくなってるところになんともいえない美を感じる。


このような構造になったには、おそらくちゃんとした理由があるのだ。この日は駆け足ツアーだったので、再び訪れたときにはその理由を探ってみたい。ちなみにこの近所のいい感じの壁や塀を切り取るような感覚で撮影すると、抽象画のような絵ができる。



このような“絵”を発見する楽しさも散歩の楽しみである。水窪川の暗渠が左にくいっと曲がるあたりで、驚くほど急な階段を発見。



住宅の玄関に通じる階段だと思うのだが、とにかくハシゴ並みに急なのだ。ここまで来るともはや『機能する芸術』。そのインパクトたるや、ヘンリー・ムーアやイサム・ノグチの彫刻作品のパワーを越えると言っても過言ではない。


モノを創り出す際、「芸術を作る」と思った時点で芸術には至らぬことが決定付けられるのかもしれない。真の芸術とは無意識の、無作為の中でつくられた作為なのではないかと思うのである。


というところで、今回はこれにて。今後タイミングを見つつ、茗荷谷編、本郷編を書いていこうと思います。んではみなさま、また次回。(日刊デジクリNo.2829 2010/04/08)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poographics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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