「写真を楽しむ生活」のページ頭です

写真を楽しむ生活

写真が好きなすべての人に役立つ情報クリップ。写真展情報は"日本最強"!

カテゴリ ‘わが逃走/齋藤浩’ のアーカイブ

■わが逃走[155]


豪雨と豪雪の金沢でトマソン階段を歩く。 の巻


齋藤 浩


このところ金沢出張が多い。


金沢はよいところであるが、東京から行くとなると新幹線で一旦越後湯沢まで出て、直江津経由で向かうか、羽田からまず小松空港に向かいバスで40分かけて市内へといった具合に、妙な遠回りを強いられるのだ。


私は空港での待ち時間がクヤシく感じる性格なので俄然陸路派である。


しかし、時間的には早いのだろうが、越後湯沢まで行ってまた戻って来なければいけないことにもクヤシさを感じる。


信越本線の横川・軽井沢間をぶった切ってしまわなければ、時間はかかるかもしれないが高崎、軽井沢、長野、直江津、富山とごく自然なコースで金沢に向かうことができたのだ。


寝台特急が健在なら、仕事を終えた後に金沢駅から『北陸』に乗車、日本酒と鰤の寿司なんぞ食べながら個室でゆっくり休んで、翌朝上野に着くこともできた。この方がキモチ的にはるかに楽だったのにー!


しかし、もうすぐ北陸新幹線が開通する。旅情には欠けるかもしれないが、金沢までわずか2時間半。そしてなによりも不自然な遠回りをしなくてすむのは精神衛生上とてもよろしい。


だがそうなると日帰り出張がデフォルトになってしまいそうでコワイ、といえなくもないのだが。


さて、そんな北陸新幹線開通を来月に控えた2月某日、金沢出張が決まった。


朝から打合せということになると前泊は必須だし、一仕事終えて北陸の海の幸と旨い酒、ということになれば東京に戻るのは翌日しかない。


泊まりとなると、なんとか早く出るか遅く帰るかして時間を捻出し、その地ならではの風景、できることなら歴史と伝統のある坂道を歩きたくなるのである。オレの場合。


という訳で金沢の地図を見る。


浅野川と犀川にはさまれた地形。間にググッと盛り上がる河岸段丘が小立野台地だ。Googleマップで近寄ってみると、おお、階段道がたくさんある!


というわけで、オレンジ色で印をつけたのが、今回気になった坂道。小立野台地の南西側。周辺の道のくねり方、地図を見るだけで歴史を感じるぜ。


(fig01)

(fig01)



こういう複雑な線で構成された町は、行政や宅地開発業者主導ではなく、自然と人々が集まって集落が形成された場合が多い。定住する理由がそこにあるのだ。これぞ本来あるべき姿。


私はいわゆるニュータウンの区画整理されすぎた土地に、違和感を覚えながら育った。そのせいか、古くからその地に人々が暮らす意味を感じることのできる町に住みたいと思っている。


そういった訳で、このあたりの町並にはとても魅力を感じるのだ。ちなみに私の育った町を地図で見るとこんな感じ。


(fig02)

(fig02)



地形が完全にリセットされた上に造られたため、非常に単調な線で構成されている。散歩していてもこの町ができる前がどんな風景だったかを知る術はないし、そのせいか、ここで30年近く暮らしたにもかかわらず、この土地に対する愛着もあまりないのだ。オレの場合。


さて、朝5時半に起きて東京を出て、金沢に到着したのは正午だった。ホテルに荷物を預け早速散歩にでかける。


外は暴風雨、ところにより雷を伴う。ちなみに翌日から豪雪の予報。傘がまったく役に立たない。それにもめげずに美術の小径、大乗寺坂、嫁坂、新坂、白山坂と小立野台地のエッジに沿って歩いてみた。


最も気になっていたのが嫁坂だ。(地図左上の印)


前回の旅でタクシーの運転手さんにも美しい坂としてすすめられ、その後調べてみてもさまざまな物語を持つこの坂の背景に歴史的風情を期待していたのだ。で、到着してみると確かに良い坂ではある。しかし…。


急傾斜ナントカ地区に指定された影響か、以前は密集していたであろう周囲の住宅がまばらになっていた。


さらに市の『景観再整備なんちゃら』が行われたせいか、路面には派手な石板が貼られたうえ蹴上の高さが統一、大きくきらびやかな手すりが設置されるなどして昔ながらの趣をイメージしていた私にとっては、残念ながら味気なく思えたのだった。


しかし、斜面に沿って進むといくつもの階段道があり、有名じゃない(=名前のついていない)物件はわりとイイ感じだった。


ひとつひとつ語りたいが、今回はナントカ坂(名称不明・地図右下の印)を紹介しようと思う。クランク状に曲がりながら上るドラマチックな階段だ。


(fig03)

(fig03)


(fig04)

(fig04)


最初の角になんとトマソン物件『無用門』が。ブロック塀と化した二度と開くことのない門。その奥にも階段は続く。


(fig05)

(fig05)



この門が現役だったとき、この上に住む人の暮らしはさぞ素晴らしかったことだろう。階段道から門をくぐって自分だけの階段を登り、家に着く。振り向けば金沢の景色が一望できる。うーん、素敵だ。


さらにナントカ坂を上る。次の角を曲がり、振り向く。


(fig06)

(fig06)



冬のしかも雨の日だというのに思わず感嘆の声が出てしまう。素晴らしいじゃないか、ナントカ坂。季節や時間を変えて何度も訪れ、移り変わる色彩を楽しみたいと思うオレなのだった。


翌日は仕事。金沢地方は大雪となった。


翌々日の朝も雪。昼の新幹線で東京に帰る予定だが、どうしても雪のナントカ坂を見てみたくなり早起きして現地に向かってみた。雪の中の階段を注意深く進むと、一昨日の夕方とは全く違う景色がそこにあった。


(fig07)

(fig07)



【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

道程青年団(ザ・ディスタンス)第一回展覧会を開催


齋藤 浩


第一回展覧会の概要


写真家小河孝浩とグラフィックデザイナー齋藤浩は、この度フォトグラフィユニット“道程青年団”(ザ・ディスタンス)を結成、第一回展覧会を2014年9月3日より宮崎県立美術館にて開催いたします。


展覧会タイトル:旅の途中〜出会いこそ人生の醍醐味〜
アーティスト:小河孝浩×齋藤浩
会場:宮崎県立美術館 県民ギャラリー1,2
会期:2014年9月3日(水)〜7日(日)(会期中無休)
開場時間:10:00〜18:00(最終日は16:30閉場)
観覧料:一般400円(高校生以下無料)
http://www.miyazaki-archive.jp/bijutsu/


[ギャラリートーク]
9月6日(土)13:30〜15:00 1Fアートホールにて 作家による写真論的世間話 入場無料


[フロアレクチャー]
土曜を除く毎日開催。平日16:00、日曜14:00 会場にて作家による作品解説的世間話


お問合せ先 小河写真工房 E-mail opf@nishimera.net


憧れのギャラリートークデビュー


そう! 憧れのギャラリートークデビューなのだ。たのしみだなあ。


デザインの講義なんかだとそれなりに段取りが大切だったりするけど、今回の写真展ではその場のノリと勢いに任せちゃう感じだろうか。


私も小河孝浩も極限まで研ぎすました写真を、気合いじゅうぶんに「これでもか!」と見せつけるつもりではいるけれど、これらはある意味ものすごく敷居の低いカジュアルな風景やモノたちの写真でもあるのだ。


漫才的写真ショーになる確率も高い。客席からいろいろとツッコミが入る感じか。いいねえ。本人達も目からウロコな意見を是非聞きたい!


また会期中は「フロアレクチャー」と称し、ギャラリーで来場者とアカデミックな写真の解説をするふりをして世間話に興じます。こちらもたのしみ。


展示予定作品の一部


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


小河孝浩

小河孝浩


齋藤浩

齋藤浩


示し合わせたわけじゃないのに、妙に対比的。そして妙に通ずるものがあると思う。正直言って、想像以上の相乗効果。意味のある2人展になると確信したオレであります!!


次に、小河孝浩と齋藤浩の紹介文。これも名文が揃ったので、ギャラリー入口にパネルにして掲出しちゃおうかな。


小河孝浩のこと


小河さんとは10年前にネット上で知り合いました。まるで子供の頃からの長い付き合いのような気がしていますが、改めて思い返すと実際に会ったのは昨年6月のことで、これには我ながらオドロイてしまいます。


想像通りの九州男児、義理堅く漢儀あふれ、写真と西米良のことを語りはじめたら止まらない。


小河さんから故郷の話を聞く度、自分も西米良出身のような気がしてしまうから不思議です。これこそが小河孝浩の力。故郷と人々を繋ぐ力です。


彼の写真の魅力をひと言で表現することはできませんが、あえて言うなら「未完結」だと思います。


絵の中の行ったことのない風景、会ったことのない人物に見る者の思い出が重なることで完成し、あたかも自分の記憶のように心に留まってゆくのです。《齋藤浩》


気配を感じる写真


写真を撮り始めて40年が経つ。写真雑誌を読みあさって、ありとあらゆる写真を真似た中学時代。ピント、露出、構図。セオリーどおりの写真を撮るが満足できない。職業として生計を立てると、撮影は楽しかったが、出来上がった自分の写真を好きにはなれなかった。


帰郷した頃、仕事で撮った写真を見た息子が「お父さんの写真ってつまんないね。僕は西米良で撮った写真の方が好きだよ」と言った。切り花が溢れんばかりに生けられた、無駄のないきれいな写真だった。


ある時、余計なものだと決めつけていた人工物が、自然と共生している景色に惹かれた。人の暮らしや気配を感じて、自分の写真を好きだと思えた。


誰でも出くわす日常の風景だが、写真として捉える重要な条件は、撮影者の心の在り方だ。あれから13年、大学生になった息子は父の写真を観て何と言うだろうか。《小河孝浩》


小河孝浩◎略歴


1961年宮崎県西米良村生まれ 在住 13歳の頃白黒写真の引き伸し機を伯父から譲り受け、現像液から写真が生れ出る瞬間に感動して撮影を始める。


高校3年生の時に全国規模の写真コンクールで一番になり、その気になって広告写真家を志し上京するも、凄まじい修行が待ち構えており、かなり凹んだが耐え抜く。


1988年独立。憧れの南青山に撮影スタジオを設立するが、あまりにも同業者が多い事を知ってがっかりする。


40歳まで広告写真を中心に人物、静物の撮影を手掛ける。2001年、西米良村に帰郷。以後、村をテーマにした写真展や写真集で継続的な発表を続けている。2013年、前年に刊行した写真集「結いの村」が宮日出版文化賞を受賞。県内外で写真展多数。


著書『おかえり』(石風社刊)『結いの村』(同)『西米良神楽(撮影)』(鉱脈社刊)『オガワタカヒロ 毎日行進』(忘羊社/9月発刊予定)日本広告写真家協会(APA)会員
小河孝浩公式Website http://www.ogawatakahiro.com/


齋藤浩のこと


顔の見えない付き合いが大嫌いである。出会いはクリエーター仲間が自由に繋がるWebサイトに参加していた10年前、面識のない齋藤氏の日記を読んでメッセージを送ったことがきっかけだった。


そのサイトが閉鎖になり、Facebookの登場でネット上にて再会の後、遂に齋藤氏と対顔する。嫌いなはずだったバーチャルの世界で、旧知の友に出会えた「錯覚」に驚いた。


彼の写真には無駄がない。削ぎ落されたシンプルな画面だが、被写体の存在が最大限に伝わってくる。感性のアンテナに狙われた標的は、齋藤浩の適切なフレーミングによって美しく切り撮られる。それは技術だけでは真似のできない、圧倒的センスから生み出される写真といえる。《小河孝浩》


削ぐ写真


デザイナーとして忘れてはならないこと。良いデザインとは騒いだり飾ったりすることではなく、必要な情報を簡潔かつ的確に伝えるために工夫することだと思うのです。


ということは、カメラ一台でそれを作ることも可能なのでは?? と思い立った齋藤浩はその日からノンコピー・ワンビジュアルのポスターをデザインするつもりでシャッターを切ることにしました。テーマは「趣味の構造美」。


私の撮る「構造美」は、暮らしてゆくための工夫の痕跡であることが多いように思います。本来人が住まない場所に無理矢理造られた、いわゆるニュータウン育ちのせいか、人がそこに暮らす必然のある場所で出会えるカタチにとても魅力を感じるのです。《齋藤浩》


齋藤浩◎略歴


1969年生まれ(生まれが千葉で育ちがサイタマ)。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟りデザイナーをめざす。


武蔵野美術大学短期大学部デザイン科卒、同専攻科修了。1999年独立。有限会社トンプー・グラフィクス主宰。


文化庁メディア芸術祭優秀賞、世界ポスタートリエンナーレトヤマ銅賞×2、ニューヨークADC merit賞、準朝日広告賞、朝日広告賞入選×3、毎日広告デザイン賞優秀賞・奨励賞、グラフィックアートひとつぼ展グランプリ、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ入選、その他受賞多数。ニューヨークADC、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員。


2007年より日刊デジタルクリエイターズ(www.dgcr.com)にてコラム『わが逃走』連載中。
tong-poo graphics http://www.tongpoographics.jp


西米良村について


こうして読んでみると、図らずも対比と調和とでもいうような概念が出来上がっているみたい。そして西米良村についての紹介です。なぜこの文が必要なのか。それは、最後まで読んでいただければわかる!


最後に小河孝浩の出身地であり、道程青年団(ザ・ディスタンス)結成の地でもある宮崎県の西米良村について紹介したいと思います。


県西部に位置する山々に囲まれた静かな村。風光明媚にして、食べ物は旨く、温泉も最高。思わず撮影旅行に行きたくなる、絵になる村。それが西米良です。


主要産業は農林業。近年は柚子やほおずきの栽培も盛んに行われています。宮崎で最も人口の少ない村でありながら、地域に根ざした体験ができる「おがわ作小屋村」が国交省「地域づくり表彰」最高賞を受賞するなど、その身軽さをポジティブに捉えた行政も注目されています。


そして九州写真史を語る上で欠かせない人物、写真家・浜砂重厚 安政3(1856)─昭和6(1931)の出身地もまた西米良村です。


彼が100年前に撮影した風景や人々の暮らしは、九州そして日本の歴史・風俗を研究する上でも貴重な資料となっています。その浜砂重厚、実は西米良村の初代村長でもあったのです。


つまり、西米良は村として誕生した時から写真と所縁のある地だったのです。


さて、彼が写真家として活躍した100年後にこうして運命的な出会いを遂げた道程青年団(ザ・ディスタンス)、「こいつあ重厚さんのお導きかもー!」などと思わなくもない。


こうなると俄然テンションが上がり、ここだけの話、西米良村を「写真の村」として盛り上げてゆく構想が水面下で進行中のようですよ。


間に合うのか??


7月10日、プレスリリースの配布がようやく完了した。今日が24日だから写真展まであと41日。これから作品のプリントと案内状の制作と作品集のデザインをしなければならない。


間に合うのか?? と思い、心配して小河孝浩に相談してみたところ、彼は、「ギリギリまで撮影する主義だから。」だそうで、それ聞いちゃったら、まあなんとかなるかなー。なんて思った次第。


しかし油断は禁物である。密度の濃い写真生活は続く。


※東京やその他の都市での巡回展は未定ですが、是非やりたい。ギャラリーを(比較的というかかなり安く)貸して下さる親切な方を常に募集しております。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

趣味の構造美の巻


齋藤 浩


私において美の基準とは、「機能する、意味のある構造か否か」をさす。さらに“装飾”を持たず、できれば作り手に下心がないことが加わればパーフェクトだ。


そんな構造美を見つける度に撮影していたところ、気がつけばかなりの量になっていた。それらをできるかぎり美しく=構造がわかりやすいようモノクロ表現に統一し、少しずつまとめている。


今回はその中から10年前に撮ったものを中心に何点かご紹介いたします。


由緒正しい木造商店建築。昭和の構造。くどいくらいに「たばこ」を主張する点はとくに評価していない。


001


道路と水路の関係。地形の美学。垂直に交わる道路と水路だが、橋に相当する部分に内輪差を見越した(?)微妙なナナメ面が追加されているところが面白い。水路の脇に無粋なネットやガードレールがない点も高く評価。


002


水とともに暮らす町では、水のありがたさと恐さを親から子へきちんと伝えていくのだ。そうすることにより、代々同じ景観を共有できる。これは素晴らしいこと。


円形の庇と柱。シンプルな美。門司港にて。


003


美トラス! 旭川にて。リベットのパターンも美しいし、なにより力を分散し、バランスをとりあっている様子が視覚的に伝わるところがイイ。
 
004


美灯台! 北海道だったことは間違いないんだけど、どこだったか忘れました。とにかくシンプルな構造と陰影が美しいと思い、シャッターを切りました。


005


風車。旭川から稚内へ向かう途中に立ち寄った風力発電用風車群。旅の途中、時間を変えて二度訪れたのだが、光の違いで印象がまるで異なることに驚いた。


006


ミニマルな構造美。最近はズームレンズを全く使ってなかったけど、こうしてみるといいものだなあ。


タイヤ。群馬県某所。構造美というよりも、無意識の構成美かな。ただ積んであるだけなんだけど、もしここに美しく積もうという意思が介在したら、けっして自然な印象にはならないはずだ。


ゴム臭を思い出しながら現像していたら、かなり濃いめに仕上がった。
 
007


階段。構造が美しいのはもちろんだが、トリミングがうまくいった! と思う。沖縄にて。


008


今回の写真はいずれもエントリー系の一眼レフ+高倍率ズームで撮影したもの。こうしてみると、構図に気持ちを集中していたなあ、と思う。


ここ数年、その緊張感から離れたくてレンジファインダーカメラばかり連れ歩いていたけど、機材が変わると写真も変わるものなのだなあと改めて認識いたした次第。


さて後から気づいたことなのですが、これらはいずれも撮ることを目的として出向いた結果ではなく、カメラを持って歩いていたときにたまたま見つけた物件です。


広告写真なんかは、最終的なイメージに向けて無作為を演じつつ作為的に撮るけど、無作為な構造美は撮影する側も最初から下心を捨てていた方が納得のいく絵が得られるような気がしました。


旅も目的地よりも、その過程のほうが印象に残ったりするものだしね。



『趣味の構造美』の続きです。前回は10年ほど前に撮った写真中心でしたが、今回はここ1〜2年に撮った「装飾を持たず、必然から生まれた構造物のコレクション」を紹介したいと思います。


あの小惑星探査機『はやぶさ』や宇宙帆船『イカロス』等の通信施設としても有名な、臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナ。直径64メートル。はやぶさが行方不明になっていた際、発見の手がかりとなる微弱な電波を受信したのもこの『うすださん』。後姿もたのもしい。


・うすださん


SONY DSC


友人の事務所を訪ねて某ビルの9階に出向いた際、外階段から見下ろした風景がこれ。何世代も前から生きながらえていた木造家屋の瓦屋根が、絶妙なグラフィックパターンを見せてくれた。


昔はあたり一面がこんな感じだったのだろう。こういった日本独自の美が失われているのは寂しいかぎり。


・先週水曜の瓦屋根


002-1


U字溝ブロックを並べて車止めにしている。この物件には以前からミニマルな美を感じていたのだが、先日しゃがみ込んで覗いてみたところ、「スターウォーズ」のデススター攻略線的パースペクティブ! な世界だった。


「おお!」とか感嘆の声をあげながらシャッターを切るオレの姿は、さぞ怪しかったことだろう。通報されなくてよかった。


・デススター的


003-1


神楽坂にて発見。人が上り下りするうちに、石がすり減って独自の曲面が生まれるような例は知っていたが、これは左官屋さんがノリで作った印象がある。


そして踏み面すれすれに窓が。窓に合わせて階段ができたのか、階段に合わせて窓ができたのかは不明。


・とろける階段


004-1


尾道にある美しい階段。こんど行くときは、超広角レンズで全体像を記録したいところ。


・扇形階段


SONY DSC


究極のミニマルな美だと思う。この写真を絶賛してくれる人がいる反面、そうでない人も多数。


世代交代による土地の切り売りの影響か、地方都市においてスライスされた木造建築をよく見かける。四半世紀前の東京がそうだったように、この駐車場もほんの少し前までは昭和な佇まいの家屋と庭だったのだろう。


経済主導で風景がなくなるのは嘆かわしいことであるが、この瞬間に限って言うなら、真新しい駐車場のペイントとスライスされた家屋の断面に時代の境界を感じなくもない。まあただの壁と地面と言われちゃあそれまでなのだが。


・尾道の駐車場の壁
 
SONY DSC


同じ駐車場脇の壁ではあるものの、おそらく尾道とは異なるシチュエーションで出現したと思われる。


店舗拡張かなにかで後から駐車場を作ったところ、本来人目にさらす予定のなかった隣家の壁面が公の場に、というパターンだろう。化粧気もなく素朴だが、油絵のタッチのような力強さを感じる美壁。


・軽井沢の駐車場脇の壁


SONY DSC


某公園にて。仲のよい恐竜がみんなで同じ方向を向いてる。面白い彫刻だなあ! と思ったけど、よく見たらそういう訳でもないみたい。


ネタをばらせば、ベンチの骨組みだけ残ったものだが、このような、“作為”とは無縁の立体造形こそ、かえって印象に残ったりする。公園といえば唐突に裸の銅像が立ってたりするけど、オレはこの恐竜の方が好き。


・恐竜×3


008-1


今回の写真は50年前のフィルムカメラで撮ったものもあれば、最近のデジタル一眼レフで撮影したものもあります。


しかし、いずれもあまり考えすぎず、素直にシャッターを切ったものはわりと思いどおりに撮れてるものだなあ、などと思う今日この頃です。


とくにデジタルカメラの場合は撮ってすぐに画像を確認できるので、一枚目を参考に二枚目以降は冷静に構図や露出を微調整してゆくものですが、イイ! と思った感動は後になるほど薄れるらしく、ほとんどの場合一枚目が“当たり”でした。


この『趣味の構造美』、気がつけばけっこうな量になっていたので、日の目を見せるべく某写真コンペに出品してみようかと思います。


無事写真展までこぎつけたあかつきには、皆様のご来場を心よりお待ちしております。オリジナルプリントの販売もできたらいいなあ。夢はおおきく。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

わが逃走──趣味の構造美 の巻


齋藤 浩


私において美の基準とは、「機能する、意味のある構造か否か」をさす。さらに“装飾”を持たず、できれば作り手に下心がないことが加わればパーフェクトだ。


そんな構造美を見つける度に撮影していたところ、気がつけばかなりの量になっていた。それらをできるかぎり美しく=構造がわかりやすいようモノクロ表現に統一し、少しずつまとめている。


今回は、その中から10年前に撮ったものを中心に何点かご紹介いたします。


由緒正しい木造商店建築。昭和の構造。くどいくらいに「たばこ」を主張する点はとくに評価していない。


001


道路と水路の関係。地形の美学。垂直に交わる道路と水路だが、橋に相当する部分に内輪差を見越した(?)微妙なナナメ面が追加されているところが面白い。水路の脇に無粋なネットやガードレールがない点も高く評価。


002


水とともに暮らす町では、水のありがたさと恐さを親から子へきちんと伝えていくのだ。そうすることにより、代々同じ景観を共有できる。これは素晴らしいこと。


円形の庇と柱。シンプルな美。門司港にて。


003


美トラス! 旭川にて。リベットのパターンも美しいし、なにより力を分散し、バランスをとりあっている様子が視覚的に伝わるところがイイ。


004


美灯台! 北海道だったことは間違いないんだけど、どこだったか忘れました。とにかくシンプルな構造と陰影が美しいと思い、シャッターを切りました。


005


風車。旭川から稚内へ向かう途中に立ち寄った風力発電用風車群。旅の途中、時間を変えて二度訪れたのだが、光の違いで印象がまるで異なることに驚いた。


006


ミニマルな構造美。最近はズームレンズを全く使ってなかったけど、こうしてみるといいものだなあ。


タイヤ。群馬県某所。構造美というよりも、無意識の構成美かな。ただ積んであるだけなんだけど、もしここに美しく積もうという意思が介在したら、決して自然な印象にはならないはずだ。ゴム臭を思い出しながら現像していたら、かなり濃いめに仕上がった。


007


階段。構造が美しいのはもちろんだが、トリミングがうまくいった! と思う。沖縄にて。


008


今回の写真はいずれもエントリー系の一眼レフ+高倍率ズームで撮影したもの。こうしてみると、構図に気持ちを集中していたなあ、と思う。


ここ数年、その緊張感から離れたくてレンジファインダーカメラばかり連れ歩いていたけど、機材が変わると写真も変わるものなのだなあと改めて認識いたした次第。


さて後から気づいたことなのですが、これらはいずれも撮ることを目的として出向いた結果ではなく、カメラを持って歩いていたときにたまたま見つけた物件です。


広告写真なんかは、最終的なイメージに向けて無作為を演じつつ作為的に撮るけど、無作為な構造美は撮影する側も最初から下心を捨てていた方が納得のいく絵が得られるような気がしました。


旅も目的地よりもその過程の方が印象に残ったりするものだしね。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

モノクロが好きだ。の巻


齋藤 浩


ここ一年ちょっと、趣味の写真はほとんどモノクロフィルムで撮っている。それまではカラーが当たり前で、モノクロは教育用とかノスタルジーを演出するための手段、みたいな認識だった。


ところが、である。


二年ほど前、ひょんなことから憧れのカメラ、ライカM3と50ミリレンズを手に入れたのだ。まずカラーで撮ってみたところ、現代のレンズのような鮮かさには欠けるが、階調の美しさに目をみはる結果となった。


そうこうしてるうち、そのレンズは(当時ポピュラーだった)モノクロフィルムを前提に設計しているということに気づき、ためしにネオパンSSで撮ってみたところ、仕上りのあまりの美しさに腰を抜かしたのだった。


それ以来、すっかりモノクロにハマってしまったオレなのです。


モノクロの魅力をひと言で表すのは難しい。なんでもアリもいいが“色彩を用いずに表現せよ”というルールはとても楽しいし、こうした条件があってこそ創意工夫する余地が生まれる。


いわゆるクリエイティビティが刺激されるってやつか。


また撮影の際、ファインダーに捉えた世界から脳内で色彩を取り除き、モノクロームの世界をイメージしてからシャッターを切る。この行程のおかげで、かなり納得のいく写真が撮れるようになった気がする。


仕上がりをイメージしながら制作する。これは写真だけでなく、すべてのクリエイティブにおいて基本だ。


しかし、自動化された世の中ではつい忘れがちになってしまう。それを改めて意識できるのがモノクロの醍醐味だと思う。


上達を体感できる自己克服型創造遊びの、最もシンプルなもののひとつが、モノクロ写真なのではなかろうか、てなことを考える今日この頃なのである。


そもそも情報過多な昨今、色彩がそこまで重要か? とも思う。ビビッドな世界の中では逆にモノクロームの方が目立つし、目的に対し色彩に必然性がないのであれば、それを排除した世界のほうが、惑わされずに本質が伝わる。


もともとカラー写真は爆撃対象を確認するための軍事技術であり、つまり、説明を目的として開発されたという経緯がある。


人はめんどくさいことが嫌いだ。つまり本能的に説明を嫌う。努力も嫌う。説明されたことはすぐに忘れるし、その意味を知ろうともしない。しかし、自分で興味を持った物事は忘れない。


モノクロ写真は色彩を見る者の想像に委ねる。


例えばリンゴの写真を見せられると、自分の記憶の中におけるリンゴの赤を想像する。


自分でそうしようと努力するのではなく、見た瞬間、自分が今までに見たリンゴの中で最も美しい赤を思い出し、その写真にあてはめてしまうのだ。


純粋な階調だけで表現された形態や質感に、受け手の記憶が組合わされる。


すべてを語らないこと。一部を受け手に委ねることで、そのビジュアルはより印象に残るものとなる。


もちろん、色彩だけでなく露出や構図なども含めて言えることだが、強い写真というものは、だいたいそんな構造なのではなかろうか。


さて、いざモノクロ写真を撮ろうとした場合、モノクロフィルムで撮影するというのが最初に思いつく方法だろう。オーソドックスかつ確実な手段である。


これ以外にも、デジカメで撮ってモノクロ変換したり、カラーフィルムをモノクロに焼いたり、なんて方法がある。


しかしこれを実行するとなると、甘えとの戦いになる。


デジカメだと「すぐに確認できるからいいや」。カラーだと「後でモノクロに変換できるから、とりあえずカラーで撮っておこう」。


こういった気持ちを抑え込むだけの強い意志のある人は問題ないが、オレの場合、基本的に隙だらけの性格なので、ついつい甘えてしまう。


その結果、緊張感がなくなり、必然性のない写真になってしまう場合が多い。


しかし、デジタル全盛の今はその方法が当たり前だし、今後モノクロフィルムの入手が難しくなったらそうせざるを得ないだろう。


たしかに色彩を主軸として構成したつもりの写真でも、モノクロ変換してみたら意外とイケる、なんて発見もある。


実際、撮影時の印象をイメージしつつ現像ソフトをいじくる行為は、暗室作業と同じくらいタノシイし、クセになるほどオモシロイと言える。


とはいえ、フィルムがあるうちはフィルムで撮る方が、気持ちに隙ができない分いい写真が撮れるような気がする。


あくまで気がするだけですけどね。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

YouTubeで見つけました!

広告
このページの上部にもどる

アクセス

いろいろな方法でアクセスできます!