「写真を楽しむ生活」のページ頭です

写真を楽しむ生活

写真が好きなすべての人に役立つ情報クリップ。写真展情報は"日本最強"!

カテゴリ ‘編集後記’ のアーカイブ

お知らせ 「写真を楽しむ生活」の発行を、本日2500号を以て休止することにしました。いままでのご愛読ありがとうございました。


本メルマガの創刊は2002年8月ですから、11年半継続したことになります。また2009年からサイトを公開してきました。日本で唯一、ギャラリー名を縦軸に、日付を横軸に配し、日本中で開催される写真展と会期を一覧できる「全国写真展カレンダー」をサイトに掲載して好評を得てきました。


日本中の200を超えるギャラリーサイトに行って、月ごとの写真展スケジュールを調べ、全国写真展カレンダーに書き込み、データベースに情報を投入します。この作業をひとりでコツコツやり続けて来ましたが、最近はさすがに疲労が激しくなってきました。けっしてサクサク順調に進む作業ではないからです。


サイトに行けばすぐに必要な情報が得られるわけではありません。一か月先までキチンと情報があるサイトは、全体の半分くらい。カメラメーカー系のギャラリーはほぼ完璧ですが、なぜか貸しギャラリーをビジネスとしているところのサイトがいまひとつなのです。


なかなか情報が掲載されないのが一番の困りもの。チェックのため、毎日訪問しなければならないサイトがいくつもありました。写真展なのに写真が掲載されていない。タイトルだけでは何の展示かわからない。サービス業であるはずのギャラリーのサイトが、お客さん(写真展主催者)に全然サービスしていない。広報の義務を怠っている。こんなことでいいんでしょうか。


新しいギャラリーがどんどん増えて来ました。サイトに行って情報を拾い上げデータベースに入れ、カレンダーに反映させる。いままでは楽々やってきたことが、この頃はだんだん能率が低下し、やってもやっても追いつかないような気分になってきました。面白いからやってきたことが、なんだか義務的になってきたのです。このへんでリセットしないと、楽しいメルマガ、楽しいサイトができなくなると思いました。


というわけで、いったんメルマガの発行を停止することにしました。続行か、停止か、昨年末から悩んできましたが、決め手は通巻2500号という区切りでした。停止ですから、また走り出す可能性もあります。サイトの方は、当面週何回かの更新で続けるつもりです。ただし、最大の売り物であった「全国写真展カレンダー」はありません。まことに残念です。(柴田)


今後は「写真を楽しむ生活」サイトをごらんください。


http://photo.dgcr.com/


姉妹誌「日刊デジタルクリエイターズ」もよろしく!


http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/

●POV(主観ショット)、モキュメンタリー系ホラー「エビデンス -第6地区-」を見たのは昨年の6月。「史上最速&最長、驚異のワンショット映像」が延々と続いたわけのわからん映画だったが、そのシリーズの「エビデンス -全滅-」を見た。懲りない男である。


今回は、モキュメンタリーの一種であるファウンド・フッテージ型のサスペンス作品だ。ネバダ砂漠の真ん中の廃墟で起こった、凄惨な殺人事件の現場から回収されたデータが破損したフッテージ(動画映像)を、捜査官とエンジニアが次々と修復し鮮明化していく。映画を見ている者は、彼ら捜査陣と同じ画像を見ながら、事件のあらましを知ることになる。


これはおもしろい趣向だったが、その動画は従来通りの手持ちのブレボケのダルい映像だから、見ていておもしろいわけでなく、従来通りに苦痛である。しかも、怯えて発する音声付きだから、そのやかましさにウンザリして早送りしたくなる。見せ場は、被害者の身体を切断しバーナーで焼き殺したり、メッタ刺ししたりといった、とんでもない殺人鬼の所業だ。


あまりはっきりとは見えないが臨場感バッチリ。しかし、その動画を撮っているあんた。なぜ逃げないんだ。撮影なんかしてるから殺されるんだ。と言ってたら、ファウンド・フッテージ映画はできないんだけど。


捜査陣は画像を分析し、7人の被害者を特定し容疑者を割り出して行く。その辺のテンポはなかなかいい。ところが、どうにも辻褄の合わない動画から、捜査官はこれは編集されたものだと判断する。犯人は虚偽の映像証拠をわざと現場に残していたのだ。そのとき、インターネットの動画サイトにこれらの映像が投稿されていることをテレビが報じる。


なんということだ。捜査陣は犯人に翻弄されていたのだ。映画を見てる者もね。そういえば、殺人鬼がビデオカメラ、ケータイなどの画像データを、現場に置いたままにしたってのもよく考えるとおかしい。そして明かされる意外な真犯人。そんな動機で大量殺人かよ、愉快犯。ブレボケのダルい映像さえ我慢できれば、とても楽しめるサスペンス作品であった。


次の夜に見たのが、タイトルがなんともなホラー映画「死霊館」である。ロッキングチェアに座った女、斜め後ろからなので顔は見えない。抱かれた不気味な顔の人形がこっち向いている。パッケージのビジュアルから期待大。「人間の耐え得る限界を超えた凶暴な恐怖が、今、解き放たれる」だって。


有名な超常現象研究家のエド&ロレイン・ウォーレン夫妻が、これまでに調査したものの中で「最も邪悪で恐ろしい事例」として封印してきた、1971年に体験した衝撃の事件を基に描く。実話であると。関係者の写真も最後に出る。そんなの映画にして大丈夫なのか。


シンプルにいうとお化け屋敷騒動+悪魔祓い。前半は「悪魔の棲む家」、後半は「エクソシスト」といった趣きだ。この種の映画はいままでいっぱい見て来た。悪趣味な男である。だから、なんとなく見覚えのある展開で、ああなったあとは、きっとこうなるという予想通り。そこでそんなことしてはダメ、とつい口に出したりして。


オーソドックスな作りだから安心して(というのも変だが)見ていられる。でも、徐々に恐怖をもりあげていくから、怖いことは怖い。ビギナーにはきついかもしれない。すれっからしのホラーマニア向きといえるだろう。ホラーやサスペンス、SF映画はやめられない。怪獣もな。(柴田)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00G2U6IDA/dgcrcom-22/
「エビデンス -全滅-」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00GU52MWI/dgcrcom-22/
「死霊館」


●友人の同行者が行けなくなったとかで、急遽『真田十勇士』を観てきた。マキノノゾミ脚本、堤幸彦演出、中村勘九郎と松坂桃李の方。結論から言うと、楽しかったよ〜。宙づりや映像、大道具(カキワリ?)が効果的で、アクションシーンが派手。シリアスになりすぎず、飽きない。ミュージカル部分を抜いた新感線みたいな。あと「動ける」イケメン揃いだったのも良かったわ。


マキノノゾミさんのは劇団M.O.P.のをいくつか観たぐらいで、詳しくはない。新感線も劇団M.O.P.も初期に、つかこうへい作品をされていたし、関西だしで、近いと思ってしまったのかもしれない。ラストは予想がついてしまい、どんでん返しによる感動はなかったのだけれど、悲劇が好きではないので満足。安心できるというか。


ストレートプレイは、シリアスすぎると眠くなる。それでも魅せてくれるものもあるけど、大抵眠くなるシーンがある。そして、私は笑える映画やお芝居が好き。笑ってストレス解消する方だ。


地名が当然ながら大阪で、大阪城の外堀ってどこだったんだろう、真田丸は今のどこかな、十勇士らが目指した徳川家康はどこに布陣していたのだろう、観光地であり遠足先の大阪城は、この話の大阪城だよね、それがあれだよね(当たり前だ)、とか考えながら観ていた。(hammer.mule)


http://www.ntv.co.jp/sanada60/index.html
真田十勇士

●会社員時代に大変な読書家である同僚がいて、よく「広辞苑なんか間違いだらけだ」と言っていた。浮世離れした坊ちゃんなので、もしかしたら本当に広辞苑を読んでいたのかもしれない。わたしのデスク脇の書棚に昭和44年発行の「広辞苑」第二版がある。わたしの就職祝いに、大学のクラブの後輩たちがお金を出し合って買ってくれたものだ。当時でも3200円と高価だった。かけだし編集者の頃はよく使っていたが、2500ページに迫る厚さと重さに閉口して、やがてコンパクトな新潮や岩波の国語辞典に乗り換えたため、もう何10年もページを開いていない。


「広辞苑によれば」と引用されていれば、その信用度は絶対だったが、いまもその権威、神通力はあるようだ。テレビのクイズ番組で出題の権威付けに「広辞苑によれば」と言っている。広辞苑はたんなる国語辞典ではない。国語辞典兼百科事典である。ところが、その百科事典部分、とくに近現代史の用語にとんでもない罠が仕掛けられている。それは日本悪者論ともいうべき、偏向に満ち満ちた解説のオンパレードなのだ。水野靖夫「『広辞苑』の罠──歪められた近現代史」(祥伝社新書、2013)でその具体例を知った。


岩波書店だからさもあらん。じつは以前もどこかでそんな記事を読んだ覚えがある。この本では筆者が不審に思った点、版を重ねるに従って偏向の度合いを増している点を拾い上げてまとめたもので、ある見出しについて広辞苑の「偏向した解説」を取り上げ、それに対する厳しい批判・反論をしたうえで、「正確にはこう記述すべきであるという解説」をつける構成だ。日本と朝鮮、シナ、ロシア・ソ連、アメリカとの関係史/日本の近代史・戦後の外交関係史の六章にわたり、虚偽の歴史と本当の歴史が対照されていてまことに興味深い。


「従軍慰安婦」という項目が立つ。解説は「日中戦争・太平洋戦争期、日本軍によって将兵の性の対象となることを強いられた女性。植民地・占領地出身の女性も多く含まれていた」と韓国側の言い分をそのまま掲載している。筆者はこう書けという。「日本軍が将兵の性の対象とするため強制連行したといわれた慰安婦のこと。実態は、日本人がでっち上げ、朝日新聞が煽り、政治家が韓国政府との間で政治決着するため認めた事実無根の話」そのとおりだ。


「概して、日本が加害者の場合(真偽が疑われる場合も含めて)は、ことさら強調して記述し、日本が被害者の場合は、その事実自体を無視するか、扱う場合でも、きわめて冷淡である。しかもその傾向は、版を改めるにつれて強くなる」。「東京裁判」については、その不当性については一言も触れていないばかりか、「パール判事」は記載なし。「拉致事件」は記載なし。


広辞苑を権威と思い込んで利用するのは極めて危険で有害である。鵜呑みにしたら洗脳されて、日本が大嫌いになる。第六版刊行にあたり岩波は「今日では1100万人の読者を持つ国民的辞書に育ち、日本語の規範として、ゆるぎない信頼をいただいております。そしてここに、21世紀に入って初めての全面的な大改訂を施した第六版をお届けします」「日本語を私たちの手で守りたい──『広辞苑』は生まれたときからそう希ってきました」と社告で書くが、たしかに日本語を守る点では信頼できるが、日本を守る点では真逆でほとんど売国の機能しかもたない。岩波には正しい記述の第七版を出す義務がある。やるはずがないと思うが。(柴田)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396113501/dgcrcom-22/
「『広辞苑』の罠──歪められた近現代史」


●大嫌いな、退屈な、成果の見えないはずの繰り返し暗記という英単語学習が、『えいぽんたん』では続けられるの。というより、私自身勉強しているつもりがまったくない。


居心地の良いぬくぬくしたベッドで、手軽なアプリで気負うことなく始められて、記録も勝手につけてくれて、正答するたびに褒めてもらえる。時間の無駄のようなイベントがあるけど、それも必要なことなんだなぁと最近では思える。


四択とはいえ、3,000語は正答している。二か月で3,000語って、自習なら絶対達成していないわ。100単語ずつを1レベルにしてあって、95%正解しないと上のレベルの問題には行けない。覚えるまで6回は回せと言われているけれど、6回どころの話じゃない。その上、復習イベントがある。


匿名なので、自ら表明しない限り、年齢なんてわからない。小学生もやっていて、彼らは四択の漢字が読めず、辞書引いて覚えてますって言ってたよ。小学生と社会人が同じ土俵でランキング争いしたりするよ。私に子供がいたらやらせるわ。こんなのが学生時代にあるなんて羨ましいなぁ。英文や音声にも不自由しなくて、それも羨ましい。


『えいぽんたん』の参加者には、英語を使う職業の人や、海外で過ごす人もいる。みんな頑張っているんだなぁと。適度な距離感で人目のあるカフェみたい。


で、単語がわかるようになってきたら、ニュースを読むのも楽になってくるね。あ、これ出題された、何だっけと思える。iPhone Safariだと、わからない単語は長押しして内蔵辞書を表示させられるから、イライラがない。気になる単語は、いくつかの辞書アプリで調べることも。


iPhoneだと横断検索はできないから、サジェスト機能付きのアプリ『MyFind』を使う。起動して入力しはじめると候補が出てくるので、検索先をタップして選ぶと、該当アプリが立ち上がり結果を出してくれる。別のアプリで検索したかったら、MyFindに戻りタップするだけ。


MyFindをインストールして最初に起動すると、既にインストールされている辞書系アプリアイコンが自動的に列記される。入力しはじめるとサジェストが出るので選ぶか、最後まで入力する。確定を押すと、デフォルトではgoogle検索、辞書アイコンを押すとそちらで検索される。無料なのでお試しくだされ。


えいぽんたんにはスペル問題や、穴埋め問題もあることはあるが主流ではない。ここで最高レベルまで行ったら、たまに復習のためにやる程度にして、次は例文や派生語を含めて定着させないといけないだろう。開発者さんたちに感謝。いまだ無課金でごめんなさい! 面白そうなイベントの時に、授業料代わりに課金してみるね。(hammer.mule)

●「そして一番重要なことは、ノモンハンにおいてもニューギニアにおいても、兵士たちの多くは同じようにほとんど意味を持たない死に方をしたということだ。彼らは日本という密閉された組織の中で、名もなき消耗品として、極めて効率悪く殺されていったのだ。」


「暴力団つまり国家における軍事を日本に見た場合、滑稽なのは自衛隊です。日本は、平和のための大戦略はもつことはできても、戦略は成立しえない国です。なぜなら、その防衛論はウソの上に成り立ち、ウソの大戦を考える。これはフィクションの国家ではないか。まるで昭和前期の国家です。当時それを歴史的に証明したのが、人類史上最大の敗戦ノモンハンであったはず。」


こんなことを書いたり言ったりしていたのは、誰あろう、司馬遼太郎だ。明治まではともかく、昭和を憎悪していたことと、陸軍悪玉・海軍善玉論者であることは知っていた。そこには違和感があったのだが、いわゆる「司馬史観」なるものがもたらす害悪には気がつかないでいた。福井雄三「歴史小説の罠 司馬遼太郎、半藤一利、村上春樹」という本を読んだ(総和社、2013)。司馬遼太郎という作家の正体、司馬史観というものの実体が鋭く暴かれていて、じつに読み応えがある。

「司馬史観では、日本が大東亜戦争に敗れたという結果論から、昭和史および日本の近現代史を暗黒と破滅の時代であったとする、否定的な見方でとらえている。(略)この史観にこれまでどれほど多くの日本人が呪縛され、影響されてきたことであろうか。村上春樹もその例外ではなかった」。じつは、冒頭の一文は村上春樹「辺境・近境」からの引用である。ほとんど司馬遼太郎ではないか。


そうはいうものの、司馬遼太郎の小説は問答無用に面白い。第一期の全集に収録された作品は「評論随筆集」以外は全部読んだ。講談を聞いているような心地よい語り口に魅了され、手に汗握るストーリー展開にのめりこんだ。まるで鳥瞰図を見るような小説世界から、自分がちょっと頭が良くなった錯覚まで与えてくれるのがうれしかった。かつて、関西まで往復する機会がやたら多い時期があったが、いつも司馬遼太郎の文庫本を数冊持って行った。何度も読んだのは「関ヶ原」だった。


「戦争をしかけられたらどうするか。すぐに降伏すればいいんです。戦争をやれば100万人は死ぬでしょう。レジスタンスをやれば10万人は死にます。それより無抵抗で、ハイ持てるだけ持って行って下さい。向こうが占領して住みついたらこれに同化してしまうがよい。それ位柔軟な社会を作るのが、われわれの社会の目的じゃないですか。」イヤハヤ、これは、昭和44年・文藝春秋12月号・梅棹忠夫との対談から。上から2番目の引用は昭和52年潮出版社・小田実との対談から。も一度イヤハヤ、司馬がこういうトンデモ人物とは知らなんだ。


この本の全体を貫く最大のテーマは、ノモンハン事件というものは司馬史観においていかなる位置づけでとらえられているのだろうかというもの。ノモンハンのとらえかたが、日本の近現代史を理解するうえでの一つの分岐点になるという。司馬遼太郎、半藤一利、村上春樹は共通する考えなので、このタイトルになったのだろう。わたしはノモンハンをまったく知らない。つづく(柴田)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862860753/dgcrcom-22/
「歴史小説の罠 司馬遼太郎、半藤一利、村上春樹」


●家事の際に、録画しているドラマとか、WOWOWオンデマンドなんかをiPhoneでかけている。音声だけで画面は見ていない。オーディオブックをかけることもある。すると気が紛れるのだ。退屈なルーティン的家事だと、やる気が起きないけれど、耳から刺激があると気にならなくなる。


仕事の環境も変えた方がいいのかも。新しいBGMを積極的に仕入れてみようか。椅子と机の高さが合っていないような気もする。電車の座席の高さが一番合っているように思う。仕事用の椅子では、かかとがべったり床についた状態にならない。椅子を低くするとひじの角度が狭くなってしまう。


広い机の上に何もないのが理想。モニタや周辺機器すらなくしたいぐらい。ペン立てすら引き出しにしまう。書類は、手を伸ばせば届く横や後ろの本棚や引き出しの中に。


たぶんこれは、最初の職場である銀行で躾けられたせいだと思う。鉛筆一本、紙一枚でも机の上に置いて帰ってはいけないのだ。あ、宿題をダイニングテーブルでやっていたからかも。宿題が終わったら、そこは食事スペースになるからしまわないといけない。(hammer.mule)

●このたびの都知事選では、元首相のタッグマッチがいい味を出していた。落馬したお方はもう表に出て来られないだろうが、出馬を唆したお方はそれなりの成果を上げたのではないだろうか。晩節を汚したとか、小泉神話の終焉とか、もはや過去の人とか言われているが、ご本人はそんなのへっちゃらなのではあるまいか。もしかしたら、小泉氏の真意は反「脱原発」であり、現政権と組んだ出来レースではなかったのか、そんな怪説がある。「脱原発」ムードを潰すために、あえて都知事選で「脱原発」バカを演じたというのだ。


「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくしては日本は発展できないというグループの戦いだ」と規定してみせたが、それに従って言えば、「原発なくしては日本は発展できないというグループ」が圧倒的な勝利を収めたわけで、現政権の方針が正しいことになる。「原発ゼロで日本は発展できる。まずゼロにして後は知恵者が知恵を出す」「あとのことは私に聞いてもしようがない」と無知・無責任ぶりをおおげさに演出することで、ますます「脱原発」がいかに危うい思想であることを白日の下に晒した。わざわざ負けるための演説を繰り返した。


また、同じテーマを掲げる有力な左翼候補の票を分散させる効果もあった。これで安倍首相は、衆参両院選挙と都知事選挙という、原発がテーマになった3つの重要選挙に圧勝した。民意は「脱原発」の拒否であることがはっきりした。原発論争に勝負がついたともいえる。殿様は大恥をかいたが、煽り立てた小泉氏は「脱原発」運動の主導権を維持したままである。今後、各地で行われる首長選などで「脱原発」候補者が現れたら、支援を装って乗り込んで潰す、なんてことになるのではないか。な〜んて、嘘か真かわからないが、そういうのもありかもねという情報が好きだ。トンデモ情報はもっと好きだ。


ところで、「週刊アカシックレコード」のいう「日本は、日本の保守勢力は、エネルギー源として必要だから原発を推進して来たのではない。いざというとき、安全保障上必要だから、軍事技術として原発技術を持つと決めたのだ」という、思ってもみない分析には驚いた。核拡散防止条約では、現在の核兵器保有国以外で、使用済み核燃料の再処理技術(核兵器製造一歩手前の技術)を持つことを認められている国は、日独など数か国しかない。日本には優れたロケット技術もあり、その気になればいつでも核ミサイルができる。日本はその技術を維持することで、将来ありうる危機に備えて来た。だから「脱原発」は断じて選択できない。う〜ん、説得されちゃいます。(柴田)


●英単語学習アプリ『えいぽんたん』。ちまちま寝る前にベッドの中でやるようになって、二か月経過。この手のアプリで二か月も続いたことはない。英単語の自習で二か月も続いたことなんてない。


佐々木正悟さんの本『ライフハックス 鮮やかな仕事術』を音声で聞いた。2006年の本で、具体的な方法自体は古くなっていて、今はもっと良い方法を提案されている。佐々木さんの新しい本は読んでいるので、そこには期待せず、何かヒントはないかと思っていた。


たとえば映画を家で見る時は、ソファーに座り、飲み物を用意する。それなのに勉強や仕事では、硬い椅子に座って、そりゃ楽しくないだろう、勉強後にご褒美というけれど、それだと勉強中は楽しくないよね、フィットネスもそう、というような内容があって、目から鱗。


我慢してご褒美に期待するんじゃなくて、いかに楽しくするか。環境は大切だと。カフェで勉強や仕事をする人はドヤ顔したいわけじゃなくて(笑)、居心地がいいからだよね。


適度な雑音、人がいるけれど適度な距離があって接触はなく、いい香りとBGMに包まれる。距離はあるものの、人の目はある適度な緊張感。居心地がいいとはいえ、常識を越えた長時間はいられず残業ができない。さぼりたくなる諸々からも離れた状況。


意思より環境なのだと、その本では教えてくれる。人間の意思なんて弱いから、外から固めたらいいのだと。 (hammer.mule)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/483992211X/dgcrcom-22/
ライフハックス 鮮やかな仕事術
http://www.febe.jp/affiliate/landing/9xLnroD1VSEIaVNU-1/top
音声はこっち。Febeのん

YouTubeで見つけました!

広告
このページの上部にもどる

アクセス

いろいろな方法でアクセスできます!