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写真を楽しむ生活

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カテゴリ ‘未分類’ のアーカイブ

●わが埼玉県では、自称第3極の新人が「今回の選挙は脱原発を選ぶ国民投票だということを訴えたい」などと勘違い大バカ発言をしていたが、原発ゼロは明言しない自民党をノダメ首相が「続原発」と勝手に定義し、「脱原発か、続原発かの戦いだ」なんてむりやり単純化させている。有権者に思考停止させるために編み出した戦法だ。


いま重要なのは、原子力発電に反対とか賛成とかいう単純な二者択一ではなく、これからどうするかという具体的な提案である。だが、民主党をはじめどの政党にもそれがない。誰にもできないからだ。これからの日本の「存在」まで左右する重大な問題に、そう簡単に結論が出せるはずがない。聞き心地が良いだけの「脱原発」は極めて無責任、大衆迎合の最たるものだ。


原発即時ゼロを主張する政治経済学者・植草一秀はこう言う。「民主党などは、『1930年代の原発ゼロを目指す』としているが、『目指す』というのは、『原発ゼロにはしない』と同義である。民主党が20年も30年も先のことを約束して信じる者がいるなら、信じる者が愚かと言わざるを得ない。2009年の明確な約束さえ、踏みにじって居直る政党の、20年先の『目指す』方針など、意味は皆無だ。」うまいことを言う。喝采。原発即時ゼロはノーだけどな。


橋下徹は嘉田・日本未来の党代表が公約した「卒原発」(これは武村正義の発明した言葉)に対して「10年後に原発ゼロと叫ぶのは、10年後に火星に行くぞと叫ぶのと同じレベル」とおちょくっていた。うまいことを言う。大笑い。だから、いますぐ決められないものは決めない、という勇気が必要だ。自民党が大衆迎合せずに、中長期的エネルギー構成を10年かけて決めるというのは、ちょっとスピード感に欠けるがまあ穏当だろう。


日経12/8電子版に「原発『必要』が7割超(都知事選・世論調査)という記事がある。タイトルにはへえーと思うが、正確には「即座に脱原発に取り組むべきだ」21%、「脱原発を目指すべきだが、当面は必要」61%、「電力供給のために今後も必要」13%という数字で、現実的なエネルギー政策としての原発を、当面の消極的必要性を認める声を加えると「必要」がほぼ4分の3を占めたということだ。これは国民の健全な感覚ではないか。「脱原発」を叫ぶ候補者に未来はないが、「未来」はいる。(柴田)


●続き。その次の画面では結果発表。26通のメールで19分42秒セーブし、2791ポイントゲットだって。1通の平均時間も書かれてあった。平均より117%早いとのことだったが、既読メールのアーカイブがほとんどだったし、ブーメランも使わせてもらったせいだと思う。


メールは日本語でも問題なかった。が、ラベルの日本語が通らなくて、ラベル付けだけは断念するしかないようだ。フィルタを通す時にラベルをつけるようにしているので問題なさそう。設定画面を見ると、返信用のアカウントは固定で、署名もひとつ。リッチテキストになっているので、『The Email Game』上では、私は返信はできないことが判明。


なので、このゲームで返信は考えず、返信の必要なものはスキップし、あとはアーカイブ・削除とスター付けぐらいにしようと思う。たまった通知メール類(中身は見なくても良かったり、既にiPhoneから見ていたり)は、ラベルの中身ごとか、検索かけての削除をしていたが、このゲームなら、受信トレイにあるメールが次々に表示されるので、ちら見しながら処理できる。続く。 (hammer.mule)


http://emailgame.baydin.com/
The Email Game。ムービーを見るとわかりやすい
http://nihonseiji.com/votematches
投票マッチング。なんとなく入れようと思っていた政党になって驚いた

●長尾和宏「『平穏死』10の条件」を読む(ブックマン社、2012)。平穏死とは言葉通りで「平穏に最期を迎える」ということだ。生命の終りには、死を先延ばしにする延命治療を受けない。なんだ、わたしの祖父母が自宅で穏やかに死んでいったのと同義ではないか。厚生労働省の人口動態調査によると、1970年代前半を境に、在宅死と病院死の人の数が逆転した。つい40年ほど前には在宅死が8割だったが、いまは病院死が8割になっている。そして、病院での「平穏死」は難しいという。


現実には、どの病院でも延命ばかりに力を入れ、緩和治療は後回しになる。その結果、多くの患者が「平穏」とはほど遠い状況で死を迎えている。「いくら平穏死を望んでも、簡単には叶わない時代に我々は生きている」のである。そこで、現役の町医者、内科医である筆者が、どうしたら平穏死できるかを、既に500人以上を在宅で看取った自らの経験にもとづき、10の条件をあげてまとめたのが本書である。


だが、「条件」とするにはちょっと違和感を覚える項目もあり、「心得」程度にしたほうがよかったのではないか、と本の編集経験のあるわたしは思う。これは版元の営業がつけたあざとい書名だ。非常に役立つ内容であることは確かであるが。


なかでも重要なのは「救急車を呼ぶ意味を考えよう」と「24時間ルールを誤解するな! 自宅で死んでも警察沙汰にはならない!」である。これは知らなかった! そして最重要なのは「看とりの実績のある在宅医を探そう」である。身近に在宅医を持たない限り、平穏死を与かれないのである。ああ、わたしも長尾先生のおられる兵庫県尼崎市に引っ越したい。自身が還暦以上の人、老齢の親がいる人は読んでおいたほうがいい本である。
わたし「♪ロムニーちゃん〜」妻「♪マロニーちゃん、だよ」(柴田)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893087770/dgcrcom-22/
→アマゾンで見る(レビュー5件)


●「iPhoneカメラで『背景をぼかした写真』を撮るには」という記事があった。近くのものをカメラに表示させ、長押しすると、水色の枠が点滅するので手を離す。と、「AE/AFロック」という文字が下に出てくる。AEは自動露出、AFはオートフォーカス。ピントは手前に合った状態なので、遠くの被写体に向けると、背景がぼけた写真になるというもの。


試してみたけど、露出まで固定されるので、室内で固定して窓の外を撮ろうとしたら真っ白になった。なかなか、いい具合にぼけてもくれない。コツがいるなぁ。少し暗めのところで固定して、露出オーバーさせるとトイカメラっぽくなって面白い。人物なら、きれいめに映りそう。美人Tipsとして覚えておこうっと。(hammer.mule)


http://telas.jp/2690/
iPhoneカメラで『背景をぼかした写真』を撮るには

●先日、黒いキヤノンの上に白いエプソンを載せ、床に置いて写真を撮りデスクに送った。今度買ったエプソンのプリンターは、こんなに小さくて格好いいんですと報告したのだ。すると、「ぴっかぴかの床ですね!」との返信。ちがうでしょ〜、反応する対象が。はい、うちのフローリングはいつもぴかぴかです。毎朝、妻が念入りに掃除機をかけ、その後でわたしがドライシートで拭く。定期的にワックスをかける。床を異常に大切にする妻を「床と結婚した女」と呼ぶ。固いものや水気のあるものを床に落としたりするとすごく怒られる。カルピスの類いをこぼしたりするとパニックだ。12月、いよいよ大掃除のシーズン来たる。でも毎年11月から少しずつやっているので、とくに大変なことでもない。現在わたしに与えられた指令は、全部のドアを徹底的に拭きあげること。一枚のドアでどれほど拭く部分があるのか。最大面積のドア表裏に厚みの部分の天地左右、つごう6面もある。ドアを受け入れる枠に至っては、面積は細長くて狭いがなんと7面×3(天と左右)+地3面、合計24面、それに把手が2つもあるのだった。毎日、仕事に入る前に一枚ずつこなしている。一戸建て時代に比べればお掃除楽勝。若い頃は一戸建て、歳とってからはマンション住まい、大正解であります。(柴田)


●英単語学習を毎日コツコツできる人は凄いと思う。予習ができる人も。Webサイト制作に関しての学習は、やんなきゃなーと思いつつ斜め読みして、なんとなくできそうで終わっていて、本当の勉強は仕事をしながら。本を何冊も読むより、仕事で一つ作る方が遥かに勉強になる。本に書いていないような出来事ばかり起きるしね。/いやー、あのぴかぴかの床は驚異的でしたよ。床掃除セミナーが開けそうなぐらい。/YouTubeで映画レンタル開始。新作400円、旧作300円。30日間。返し忘れによる延滞料金がないのはいいよね。iTunesでの映画レンタルも価格は同じで、HD映画だと500円になるぐらいか。(hammer.mule)
http://dt.business.nifty.com/articles/8902.html  
YouTubeで映画

2010-7-8

2010/07/08

●「真摯にうけとめる」とか「遺憾の意」とか、けっきょく何も言っていないのと同じような言葉は、ある場面では言ってはならぬという習慣ができるとよい思う。こういう包括的に曖昧な言葉は、相手があるときは使用しないほうがいい。と、かつて書いたことがある。だが、相変わらず頻繁に使われているいやな言葉だ。「遺憾」とは、思い通りでなく残念なこと、残り惜しく思うこと(岩波国語辞典)である。これだけである。だが、「遺憾の意を表する」となると、三省堂国語辞典には、(自分のしたことに対して)釈明する、(相手・第三者のしたことに対して)軽い非難の気持ちをのべる、とある。感覚的にはよくわかる。でもその程度だろう。強い意味の謝罪や非難の言葉ではないはずだ。ところが、自分が謝罪すべき場面で「遺憾だ」などと他人事を装って言う、輩がいる(国がある)。じつに腹立たしい。一方で、今年5月、仲井真沖縄県知事は、鳩山首相と会談した際に「名護市辺野古沿岸に移設するという趣旨については大変遺憾だ」と発言した。裏切りに対して強烈な憤慨を表すべきときに、殆ど空気のような軽い言葉を使った。これでは非難の気持ち通じない。やっぱり公式の場で遺憾は使ってはイカン。昨日の「ナニコレ珍100景」で、老人の「孫にランドセルを買ってやった」という発言が字幕では「買ってあげた」となっていた。問題な日本語だ。NHKでは口蹄疫を「口てい疫」と書く。口蹄疫が一日も早く終息して、この違和感ある表記も消えることを祈る。(柴田)


●ある企業の工場に行ってきた。営業所は別にある。入り口は商品が積み上がっていて、フォークリフトで移動中。その操作をしている年配の男性が、挨拶とともに用件を聞いてくださって、受付を済ます。その親切さ、笑顔、爽やかさがとても印象的。この男性だけかと思ったら、すれ違う人が皆、大きな声で挨拶をしてくださる。エレベーターの中には5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)と社是。事務所の人たちも丁寧で親切。とても気持ちがいい。同じ仕事ならこういうところに頼むよね。生き残る会社ってこういうところだと思う。/うちのマンションではほとんどの人が挨拶をする。しない人の気持ちもわからないでもない。挨拶をしても返さない人の気持ちはわからないけれど、返されなくても気にしない自分がいる。学生さんらは自分からはなかなか挨拶をしないが、されたら大きな声で堂々と大人より良い挨拶をする。明らかに挨拶慣れしてる。挨拶の声が小さい自分としては、見習って大きな声を出せるようになりたい。自分が歳とって「おばちゃん化」して良かったなぁと思う原因のひとつが、エレベーターで同乗した人に躊躇なく話しかけられるようになったこと。昨日乗って来た若い男性には、パジャマ姿の幼稚園ぐらいの女の子と、もう少し小さな男の子の「パパ、いってらっしゃい」。聞くと、起きている時はいつでもエレベーターまで送ってくれるのだそう。最高! 「今だけだと思うんですけどね」と照れながら話してくれたよ。 (hammer.mule)

第21回横浜栄写友写真展


http://www.yaf.or.jp/ycag/calendar/main.html
会期:2月15日(月)〜2月20日(土)
会場:横浜市民ギャラリー(横浜市中区)


第31回写楽調写真展


http://www.city.saitama.jp/www/contents/1057632505994/
http://www.city.saitama.jp/www/contents/1057632505994/files/karenda12-2.pdf
会期:2月15日(月)〜2月21日(日)
会場:さいたま市民ギャラリー(さいたま市浦和区)

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