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●読売新聞1面の特集「医療革新」で、ICT(情報通信)を駆使した「がん診療ネットワーク」の最先端医療の話を読んだ後、2面を開くと記事下に宝島新書「どうせ死ぬなら『がん』がいい」の大きな広告。治療ではなく放置という生き方を提案しているんだから、笑える偶然だ。


「どうせ死ぬなら『がん』がいい」を読む。「患者よ、がんと闘うな」「がん放置療法のすすめ」など多数の著書がある近藤誠氏と、ベストセラー「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者・中村仁一氏の対談である。医療業界で村八分されている過激な二人、異なる道を歩んで来たにもかかわらず同じ結論に達している。


「がんは自然に死ぬのは苦しくなくて、むしろラク。がん死が痛い、苦しいと思われているのは、じつは治療を受けたためである」「検診などでがんを無理やり見つけ出さなければ、逆に長生きできる」


わたしは臆病者で、痛い、苦しいのが大キライだ。病気になるのがこわい。いまは9割の人が医療死、つまり病院死で、死ぬ前の治療でたっぷりと地獄を味わわされる。そう聞かされると病気になっても入院するのはいやだ。だけど、自宅で痛みに耐え、苦しむのもいやだ。なんとか楽に死ぬことはできないものか。そこで飛びついたこの本だ。


「がん死」のお迎えは最高だ。人生の幕引きを、思い通りにできるかもしれないからだ。がんという病気は、たいてい最後まで意識はしっかりしているから、ゆっくり身辺整理ができるし、親しい人にお礼とお別れもできる。ところが、ポックリ死ではそんなことやるひまはないし、ボケちゃったらなんにもできないし、寝たきりになったらいつ死ねるかわらないので、周りの人に迷惑をかける。介護する側も先が見えないので疲れ果てる。


どうせ死ぬなら『がん』がいい。治療しなければ、がんはけっこうハッピーな病気である。対談のむすびの言葉。中村「手遅れのがんで死ねる幸せを、ともに満喫できるよう祈りましょう(笑)」。ああ、とっても気が楽になった。(柴田)


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4800202868/dgcrcom-22/
どうせ死ぬなら「がん」がいい


●ネタがない。うーん。反省文や、自分の悪いところならいくらでも書けるんだが、それを書いて何の得にもならないどころか、あの人は○○な人という先入観までもたれてしまう。いかん、いかん。試行錯誤はするのだが、足踏みばかりと書いてどうするんだ。誰がそれを聞きたいのだ? うー。


頭の中にあるのは、いまやっている調査の必要な仕事類のこと、家事(消防点検と雑配水管点検が別の日にあるって……)と確定申告、先の予定に、やり残していること。それらが詰まってきてショートしつつある。


政治や世の事件に無関心になってくる。机の上を整理したいなぁ、でもこれに時間かけるとなぁ、と思いつつ、できないもんだから、まったく関係のないことをしたくなったり、眠たくなってきたりする。いい言葉があったわ。「抜本改革」。あー、手あかがつきすぎている言葉だと、なんだか改革できない気がしてきた〜(笑) (hammer.mule)

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