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カテゴリ ‘わが逃走/齋藤浩’ のアーカイブ

野郎3人カメラ旅の巻 その2の2


齋藤 浩


片岡氏、マニュエル君、そしてオレの3人で歩いた昨年11月の尾道カメラ旅はとても充実した素晴らしい時間であったが、帰って現像してみたらマニュエルにだけ真っ白のネガが届いたという悲劇的な結末を迎えていた。


災いのもととなった彼のニコンFもオーバーホールから戻り、いざリベンジ! ってことで師走の尾道に再び降り立った野郎3人。


初日の撮影も盛り上がり、いよいよ二日目に突入したのであった。
※第116回『野郎3人カメラ旅の巻』、
 第119回『野郎3人カメラ旅の巻 その2』参照のこと
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20121129140300.html
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20130207140300.html


その日も見事に晴れた。荷物をホテルのフロントに預け、瀬戸内の光を浴びつつ出発だ。岸壁から見える向島の浮きドックがシルエットとなって美しい。
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一同、クレーンをカメラに収めたところで、今回はまず町の西側にある西願寺をめざした。尾道といえば坂の町だが、海に近いあたりは平坦な町並みが続く。しかし、それが平凡な風景かといえばさにあらず。


おそらく戦前のものと思われるコンクリート建築や、煉瓦づくりの倉庫などが点在する、なんとも散歩しがいのある地域だ。屋根付きの駐車場があったのでちょっとのぞいてみた。ナイスな骨格!
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芸術的ともいえる『瀬戸内』の文字。いとあはれなり。パソコンに向かってフォントをいじってもこうはならない。
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横断歩道も妙にドラマチック。
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錆びた看板やらアスファルトに落ちる電線の影やら、そんなモノばかりきゃっきゃと撮り歩く、およそ観光客らしからぬ行動をとる3人。


川に沿ってあるき、ひょいと路地に入ると一気に上り坂だ。ひと山越えて、つぎの山のてっぺんを目指す。途中でみつけた土蔵。赤塚不二夫先生の描くイヤミに見えるのはオレだけか。
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西願寺からの眺め。前の日に歩いた路地は、あの山の、その奥の山だ。「うわー、昨日はあんな遠くを歩いたんですネー」マニュエルが感慨深げに言う。
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思うに、尾道の観光コースといえば寺社めぐりが定番だが、やはり神髄は道程にあり! だなあ。西願寺をめざして歩いたにもかかわらず、寺の写真を一枚も撮ってなかったことに気づくオレなのであった。


さて、こんどは違う道を通って駅前〜千光寺方面へと向かう。ゆっくり歩いていると、ちょっとした板塀とか街灯の土台とか、なんでもないモノ達がここぞとばかりに主張してくる。


おお、なんとセクシィな節穴! そしてこのコンクリートの力強いマッス! といった具合に、それらがホントに芸術に見えてくるのだ。というか、実際ホントに美しいと思うんだよね。


なので、その『詠み人知らずの造形』の美しさを伝えるためにも、オレはいい写真を撮らねばならん。毎度のことながら使命感に駆り立てられるぜ。


と、思ってるのはふたりも同様らしく、カメラを構えつつ石垣から伸びた配水管やら、空き地に転がったブリキのバケツなんかを、真剣なまなざしで見つめている。


が、それにしても遅い。ふたりはさっきからずーっとバケツの前から動かない。そんなにそのバケツがイイのか。そこまでか??


オレは案内役とはいえ、世話役じゃないので先に行ってるぜ。と、細い道をうねうねと登ってゆく。そして振り向くと、まあ見事な3次曲面を描く路面であることよ!
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そっと路面をなでてみる。うん、曲面だ。ハァ〜。美しいなあ。地元の人にしてみれば日常の風景の一部にすぎない狭い道、その表面を眺めて微動だにしないオレ。ふと我に帰る。まあ似た者同士か。


彼らはまだ来ない。なのでまたちょっと登ってみる。すると、なんとも美しくカットされた地形。これって最初は山だったところを巨大なナイフで切り取ったのかな。


この地形が正だとして、負の形を想像してみる。うーん、イイなあ。こんど粘土で模型を作ってみよう。
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そうこうしているとふたりがやっと追いついてきた。どうやら良い写真が撮れたらしい。満面の笑みである。


急な坂道を下って、ちょっとコワイ橋を渡ると、
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区画整理されたっぽい区域に出た。地形と人々の暮らしとの結果生まれた、迷路のような場所をさまよっていたせいか、まっすぐの道が直角に交わる景色がとても不自然に見えてくる。きっとここも昔は迷路だったのだろうけど、今ではその姿を想像することはできない。


町並みは財産だ。前にも語ったと思うが、おじいちゃんと孫が同じ土地に住んでいながら、同じ風景を共有できないことがどれほどの損失を生むか気づいてほしいと思う。どうか、目先の利益だけに惑わされない、広い視野をもった町づくりをお願いします。


さて、レンズを変えて気持ちをリセット。商店街から山の手の路地を切り取る。墨絵のような瓦と壁。
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階段には手すりの影。南側の斜面は楽しいグラフィックパターンの宝庫だ。
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水平・垂直・45度! 画角が狭いと抽象画がたくさん生まれる。
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というところで腹がへってきた。4時間近く坂道を歩きっぱなしだし、当然か。昼食は商店街にある寿司屋のランチにしてみた。初めて入ったのだが、スゲー旨かった。にぎりはもちろん、箱寿司系のモノが繊細かつ華やかな味わいで、にもかかわらず気取ってない。


オレごときがエラそうに語ってしまい申し訳ないが、こんど来るときもランチはここにして、さらに折り詰めを作ってもらって帰りの新幹線で食べるのだ! もう決めたぞ。店の名前は忘れちゃったけど。


さて、気がつけば2時をまわっていた。山の手が暖色系に染まり、きりりとした表情がやわらかくなる。


5時前には尾道を発たねばならんので、ちょいと先を急ぐかね。ということで我々はそのままロープウェイ乗り場へ直行、千光寺展望台から尾道水道を臨む。寒い。


だが! 前回も良かったけど、今日はまた最高の眺めだ! しかし寒い。日向とはいえ12月だしな。でも見事な見晴らしゆえ許す!


向島の先の先の先の先の先の先までくっきり見える。嗚呼、瀬戸内海。海の幸旨かったな。
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隣を見ると、マニュエルがソフトクリーム食ってる! 君、この寒いのによくそんなモノ食べられるね。


「前回も良かったけど、今回もまた素晴らしかったね。次回は一週間くらい滞在したいなあ」「こんど日本に来るときも、尾道には必ず帰ってきマス!」ふたりともそこまで気に入ってくれたか、嬉しいぜ。


ゆっくりと沈んでいく陽の光をあびて、屋根瓦も土塀も、我々の顔もバキバキのコントラストだ。時折シャッターを切りつつ、細い階段道をとぼとぼと名残惜しげに歩く野郎3人。


「そうだ! 記念写真撮りましょうヨ」


マニュエルの提案により、初めて観光客らしい行動に出た。しかし、バックはあえて石垣。この写真の右側に尾道の大パノラマが広がっていたなーと思い出しつつ、今回のご報告は以上。
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【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

野郎3人カメラ旅の巻 その2


齋藤 浩


昨年11月に片岡氏、マニュエル君、そしてオレの3人で歩いた尾道カメラ旅は、片岡氏からマニュエルへの友情の証としてプレゼントされたニコンFが実はぶっ壊れていたという、笑っちゃうくらい悲劇的な結末を迎えていた。


※第116回「野郎3人カメラ旅の巻」参照
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20121129140300.html


そんなFも完璧にオーバーホールされて、マニュエルの元へ帰ってきた。というわけで同じ行程でリベンジするぜ! のかけ声のもと、12月のある日、我々は再び尾道へと降り立ったのである。


ホテルに荷物を預け、身軽になったところでまずは腹ごしらえだ。『天ぷらラーメン』なる不思議なものを食す。確かに旨かったが、スープがもう少し熱くてもよいのではないか、などと語り合う間もなく、カメラ片手に被写体の宝庫・尾道の町へと繰り出す野郎3人。


今回はまずフェリーに乗り、向島をざっと散策してみることにした。対岸まで約3分の船旅、料金は100円。
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前回は見るだけで乗れなかったこともあり、片岡氏、マニュエル君ともに大はしゃぎである。川と錯覚するほど狭い尾道水道だが、渡った先の町並みの印象はこちら側とまるで異なる。このへんが尾道の面白いところ。
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この日の機材はBessa T。オレをマニュアルカメラ沼にハマらせた張本人? 張本機である。丈夫で確実なだけでなく、ライカと同規格のVMマウントを採用しているため、ライカMマウントレンズはもちろん、アダプターを使えば世界中の物凄い数のレンズの描写を楽しむことができる。


露出計と距離計を搭載した、いたってシンプルな機械式カメラだが、ファインダーが内蔵されておらず、レンズにあわせて外付けファインダーを交換する。


これがまた変形合体ロボで遊んでいるようで楽しい。レンズ交換の度にカメラそのもののフォルムが変わるのだ。ちなみにこの日のレンズはキヤノン100mmf3.5、フォクトレンダーのノクトンクラシック40mmf1.4、ウルトロン28mmf1.9。


いつもオレが自分に課しているルールに『一度交換したレンズを二度使ってはならない』というのがある。


今から日没まで100mm、40mm、28mmの順番で撮っていき、たとえ望遠向きの被写体が28mmで撮っているときに現れても、そのときは28mmの画角で工夫するのだ。これがまた思わぬ写真が撮れて楽しい。


この日は晴れ時々雪! の予報が出ていたが、まさか雪なんてねえ、なんて話してたらホントに降ってきた! 青空なのに。


向島を散歩。商店街を歩くと、ナイスな牛乳箱を発見。早速撮影すると、片岡氏とマニュエルもカメラを構える。うーむ、アホっぽくていいぞ。50年以上前のキヤノンのレンズで真剣な2人の姿を激写。
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そして脇の小径を入ると、そこはもう不思議ゾーンだ。狭い路地。凝縮された空間に小さな階段や風情のある板塀が続く。
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こういう場所に来ると広角レンズを装着したくなるが、そんな気持ちをぐぐっと抑えて、望遠100mmのファインダーをのぞくと、なんとも面白いパターンを発見。
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尾道の路地は起伏が激しく、水はけや滑り止めのための工夫がそこここに見られる。当然これらは規格品ではなく、その場所の状況に合わせて名もなき職人らが工夫したものだ。


ここ尾道は、詠み人知らずな“機能する芸術”の宝庫なのである。


さらに歩くと鋭くとんがったコンクリート建築を発見。「すごい! とんがってるナー」マニュエル君も大喜び。
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雪はいつのまにかやんでいた。再度フェリーにて本州側に戻ったところで40mmレンズにつけかえるオレ。そして一行は前回行けなかった久保小学校方面へと向かった。


オレは一応ガイドなので、日没までの時間配分を考えた上でコース設定してるのに、2人はそんなこと気にしちゃいねえ。目に入るもの全てが面白いもんだからじっくり撮りまくる。なのでぜんぜん進まねえ。困ったもんだ。
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2人を待つ間に撮った掲示板。貼り方にもリズムがあって興味深い。無作為の法則美ってやつ?
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そして久保小到着。アールデコな門柱が相変わらず美しい。なにやら金賞受賞したようだ。おめでとう!
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そして隣り合う尾道東高校との間の道をゆく。
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ここには何度も来てるけど、午後の日差しが煉瓦の壁に落ちて最高に美しいのだ。「このアールがたまらんでしょ」「いいねー」「うわー、すごくイイ!」ここでも異様にはしゃぐ野郎3人。


さらに坂道を登っていくと、小さな神社がある。
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神社から尾道の町を狙うマニュエル。足長くていいなー。ここは狛犬のかわりに狛猿がいてけっこうカワイイのだけれど、今回は撮ってなかった! ご紹介できず残念。


さらに坂を登る。途中、ミニマルアートと化したカーブミラーを発見。錆と木の柱との対比が絶妙。
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さらに細い坂を登ってゆく。素知らぬ顔をして猫が通り過ぎる。
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坂道は階段になり、階段は坂道と交差する。階段の形状自体もどんどん独自性をおびてくる。
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そして振り向くと、この景色。だから尾道散歩はやめられないんだよなー。季節によっても時間によっても、常に異なる表情を見られるのが素晴らしい。
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それにしてもこの日、この時間にこの場所でこの景色を見ることができたことの幸せってやつを反芻してしまう昨今である。


陽は傾きはじめるとそのスピードを加速させる。ISO100のフィルムで余裕だったのが、あっという間に手持ちがキツくなる。オレは何本目かのネオパンSSを撮り切ったところでトライXに詰め替え、レンズも28mmに交換したのだった。


と、突然片岡氏が叫んだ。「あ、カメラ壊れた」。愛用のツァイス・イコンが巻き上げもできず、シャッターも切れなくなったという。彼はこうなるとだだっ子のようにわがままになり、「もうダメだ」とか「おしまいだ、やれやれ」などと自暴自棄な言葉を発する。


触らせてもらうと、確かに巻き上げもできずシャッターも切れない。とはいえ、ツァイスブランドの最新AE機がそうそう壊れるもんじゃない。たぶん電子シャッター機なので、電池が切れたのではなかろうか。


てな言葉で片岡氏をなだめつつ、電池が売ってそうな店を探しに街中へ戻りはじめた。片岡氏の自暴自棄な言葉の頻度が増えてくる。言ってる本人も気になってるらしく、ときどき我に返って「齋藤くんの言うように、電池かもしれないね」なんてにこにこしながら言ってるけど顔は青ざめている。面白いなあ。


線路を越え、迷路のような繁華街をさまよっていると、なんと路地の先に、カメラ屋を発見。都合の良すぎる展開である。「ごめんくださーい」。店に入ると尾道弁の頑固そうな御主人が出てきた。こういう店は信用できる。


実はかくかくしかじかで、と言って片岡氏、カメラを御主人に渡す。「うん、確かにシャッターが下りんようじゃのう。どれ、電池かもしれん」。電池室から電池を抜き、テスターで計測してみると「おや、電池は大丈夫のようじゃのう。おかしいのう。どれ、新品の電池を入れてみよう。…動かんのう。おかしいのう…」。


御主人、しばらくカメラをいじくる。
すると「あっ」
一同、一斉に御主人に注目する。


「こりゃあ、フィルム一本撮り切って巻き戻してないだけじゃないかな」。実にマヌケな結末である。よく見たらフィルムカウンターが36を越えていた。一同赤面しつつ下を向く。こんな基本的なことに3人とも気づかなかったとは!


それでも片岡氏はとにかく安心したらしく、もう最高の笑顔である。子供みたいだなー。いやいやお恥ずかしい、とか言いつつ予備の電池を購入する。オレもやっと落ち着いて店内を見渡す。


するとどうだ、国産のフィルムカメラ中堅機クラスの名機がけっこう揃ってるじゃないか! と思えば色モノ系もけっこうある! あれに見えるはPENTAXオート110! その隣はハーフサイズの名機キヤノンダイヤル35!


しかもこのダイヤル35、かなり美しい。御主人におそるおそる値段を聞いてみると「これはシャッターが切れんから500円でいいよ」とのこと。即買いである。旅から帰った翌日に、馴染みのカメラ修理店へ持ち込んだのは言うまでもない。


安心したところで空を見上げると、もう星がでている。今日もよく歩いた。某喫茶店であったかいチャイを飲んだ後ホテルで荷物整理をし、一行は反省会と称する飲み会へと夜の街へ繰り出すのであった。(その2の2へつづく)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


オレはフィルムカメラが好きだ。


デジカメはラクしてキレイに撮れて、しかもやり直しがきくので便利なのだが、ともすればカメラと人間のどっちがエライのかがわからなくなる。


つまり、デジカメ様のご命令どおりボタンを押してる感覚なのだ。カーナビの言う通りに車を運転するような、屈辱感に近いともいえる。


これはひとえにオレがひねくれた性格なのかもしれないが、とはいえ露出もピントもオートってだけでも相当なものなのに、感度も構図も仕上がりもってことになると、これはもうカメラが撮ったのか人間が撮ったのかわからなくなっちまう。


昔はいかに人と違った表現をするか、ということでいろいろと小細工に走ったこともあるが、ひょっとして今いちばん個性的な写真を撮る方法は、手動で普通に撮ることなのではなかろうか。


で、手動で普通に撮るために最も適したカメラこそ、ごく普通のマニュアルカメラなのだ! などと酒を飲む度に熱く語る40過ぎの男、それがわたし…。


10月のある日、親切にもそんなオレの語りをヘベレケになりながらもきちんと聞いてくれるふたりの男がいた。すでに孫もいる某社プロデューサー片岡氏と、ドイツ出身の3DCGアーティストのマニュエル君である。


私は20年ほど前に、片岡氏の下でCGアーティストとして働いていたことがあった。つまり彼は元上司なのである。当時何度かぶん殴ってやろうかと思ったし、首を絞めて殺してやろうかと思ったこともあったが、そうする前に会社を辞めたおかげでその後は穏やかな関係が続いている。人にはそれぞれ適した距離というものがあるのだ。


マニュエルは現在片岡氏の下で働いており、来年春には祖国に帰り事務所を立ち上げることが決まっている。小津安二郎を愛し、日本文化を心から理解してくれる好青年である。


で、酔った勢いで広島県は尾道市で撮影した写真をいくつか見せびらかしたところ異常に盛り上がってしまい、こんどこのメンツで尾道に行こうじゃないかってことになった。ちなみに尾道は小津監督の『東京物語』のロケ地でもある。


「あ、でも僕フィルムカメラ持ってないデス」。マニュエルが言うと片岡氏が「よし、俺が昔使っていたニコンFをプレゼントしようじゃないか」。


なんか景気よくなってきたぞ、ってことですぐに切符と宿を手配し、あっというまに当日となった。


新幹線の中ではマニュエルがニコンFの裏蓋を外し、フィルム装填の練習をしている。彼はフィルム一眼レフを使ってはいたが、さすがにマニュアル世代ではなかった。


片岡氏は愛用のツァイス・イコンをなでくりまわしているし、オレはオレで手に入れたばかりのハッセルブラッドにほおずりしている。実に怪しい3人組である。


福山で在来線に乗り換えて、午後1時ちょっと前に尾道着。ホテルに荷物を預け、尾道ラーメンで腹ごしらえをすませたら早速坂道路地散歩だ。この日の天気は曇り。光がほどよく全体にまわって美しい。


今回は案内役に徹しようと思ったオレだったが、ふたりとも気合い入れてじっくり撮るもんだから、オレも実に良いリズムで撮影することができた。


『転校生』の階段で有名な御袖天満宮から福善寺へ抜けた後、尾道東高校方面へ回ろうと思ったが、日も短いので計画変更。山の手の細い路地を尾道駅方面へと向かう。おかしな3人組がおかしなポーズでファインダーをのぞきつつ。


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天満宮にて、マニュエルとオレ。片岡氏撮影。


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オレ、どこぞの路地にて。片岡氏撮影。


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山の手の名店「猫の手パン工場」付近の大好きな階段。何度も撮ってるが、魅力を表現しきれない。今回こそ! と力んだからなのか、フィルムの巻き上げに失敗。


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猫の手パン工場入口脇のコーラのケースを激写する。片岡氏撮影。


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で、その結果がこちら


スローなペースで“歩いちゃ撮り”を繰り返しつつ、ISO400でも手持ちがキビシくなったのは5時半頃だった。


それにしても尾道は切り取り甲斐のある町である。年に何回か通うオレですら行く度に発見があり、シャッターを切る度に興奮しちゃう訳だが、尾道初体験のふたりも激しく気に入ってくれたようで実に嬉しい。


「スゴイねえ。絵になるねえ!」
「僕の知ってる日本じゃないみたいデス。スバラシイ!!」


こんなこと言われた日にゃあもう、尾道伝道者冥利に尽きると言えましょう。興奮冷めやらぬ3人は駅前の居酒屋へ直行。瀬戸内の旨い魚と広島の旨い酒でヘベレケになりつつ、カメラ談義に花咲かせたのでした。


翌朝は雨だった。朝食後しばらく待ってはみたものの、一向にやむ気配はなし。それも風情があっていいだろうということで、午前10時から撮影スタート。尾道駅を山側に入り、驚愕の木造三階建て住宅(通称ガウディハウス)付近から路地に入る。


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傘をさしつつ、急な階段をひたすら上る。さすがにハッセル手持ちはキビシイので、予備機のCONTAX T3が活躍した。


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ついタテ構図にしたくなるが、あえてヨコに構えてみたら不思議感がアップした(ような気がする)。


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傘をさしつつカメラを構えるオレ。片岡氏撮影


こんな天気に板塀や瓦屋根を眺めるというのもイイかもしれない。はじめは生憎の雨、と思っていたものの、こうして濡れた瓦の表情や階段を伝う雨水を見ていると、こいつあ恵みの雨かも、なんて思うのだった。


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そうこうしていたら、雨が上がって晴れ間も出た。ハッセルの出番だ!


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光る屋根瓦と尾道水道を狙うマニュエルとオレ。怪しい。片岡氏撮影。


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絶妙な壁のシミを最高のアングルで狙う片岡氏とマニュエル。怪しい。オレ撮影。


その後ロープウェイで千光寺まで登った後、細い路地をひたすら歩き回り、海っぺりを撮り歩き、土産の海産物などを購入しつつ日が傾いた頃、帰途についたのだった。


海からの西陽を浴びながらマニュエルが言った。


「きっとドイツにも尾道のような町があるので、僕はドイツに帰ったらその町を探します。そしたら是非写真を撮りにきてください。そしてその町で尾道の写真展をして、尾道でドイツの写真展を開けたらサイコーですネ。」


まったくそのとおりだぜ、素晴らしいぜマニュエル。たとえ片岡さんがくたばっても、オレ達でその写真展を成功させようじゃないか。


さて、思い返せば今回の旅は晴れ、雨、曇りとすべての表情を見ることができた。なんとも得した気分である。


そして価値観を共有できる友、というと美しすぎるが、尾道の光の下、崩れかけた土塀とか錆び付いた看板とか傾いた階段などを心から美しいと感じ、それを如何にしてフィルムに焼き付けるかという競技を、心から面白がってくれた片岡氏とマニュエル君に感謝の辞を述べたいオレなのである。


さて、次にこのメンツで集まるのはいつにしようか。現像があがって自信作を持ち寄っての写真対決が今からとてもたのしみだ。


3日後、片岡氏から電話があった。マニュエルの分とあわせて現像を引き上げてきた帰りだという。いい写真撮れてましたか、と尋ねると、「それが…」。


なんとマニュエルが撮った36枚撮り13本のうち、7枚しか写ってなかったというのだ! どうやら片岡氏が贈ったニコンFのシャッターが壊れていたらしい。


「アホか! なんじゃそりゃ!?」


壊れたカメラをプレゼントするあんたもあんたなら、テスト撮影もせずに撮影したマニュエルもマニュエルだ。ふたりとも大マヌケである。


「マニュエルにはまだ知らせてないんだ。俺はもうあいつに合わせる顔がない…」片岡氏、半分泣いている。


フィルムで撮っていれば必ず一度はそういうことあるしね。まあ、良い思い出ってことで諦めるしかないよね。やれやれ。その夜マニュエルからもメールがきた。


「全然撮れてませんでしたー。悲しいです。でもテスト撮影しなかった僕が悪いんです。齋藤さん、よかったらまた一緒に尾道に行ってくださーい」


うーむ、マニュエルってばなんていいヤツ。よし、付き合おうじゃないか。という訳で、師走の半ば、我々3人は再度尾道撮影ツアーに出かけることとなったのである。マニュエルのニコンFは、目下Tカメラサービスにてレストア中だ。つづく。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


ほんとはドイツについて書こうと思っていたのですが、秋晴れの良い天気が続いていたため、ここは是非みなさんが昔使っていたフィルムカメラを押し入れから引っ張り出してお散歩に出かけていただきたいと思いまして、予定変更と相成りました。


なにかとフィルムカメラの素晴らしさを語っているが、肝心なことを書いていませんでした。


私は楽しく撮影した後、きちんと現像して焼き付けして、なんてことはやってない。いわば、フィルムカメラの面白いところだけ楽しんでいるのです。つまり、邪道です。手抜きです。


そりゃフィルム現像の工程や、暗室での作業はとてもクリエイティブなものですが、でもそんな時間も場所も金もねえ。廃液の処理もメンドウだしね。


そこで、オイシイとこだけ楽しんで、残りの行程はデジタル、という方法をとっています。それでも、デジカメで撮った写真とはまったく違う結果が味わえるのです。


今回はラクして楽しくフィルムカメラを使い、デジタルで気軽に現像(画像処理)、管理する『手抜きフィルムカメラ道』をご紹介します。ご紹介ってほどでもないか。


たぶん、このようにフィルム写真を楽しんでいる人はものすごく多いと思うのですが、オレはこうやってるぜ、ってことを今のうちに語っておこうと思った次第。


さて、『手抜きフィルムカメラ道』の大ざっぱな流れを見みると、1.撮影→2.フィルム現像→3.スキャン→4.画像処理 てな感じです。では、順を追って説明しよう。


おっとその前にフィルムカメラを持ってない! というあなた!! あなたはものすごくラッキーです。なぜなら2012年の今は、すごいカメラとすごいレンズが嘘みたいに安く買える時代なのです。


中古カメラ屋さんやネットオークションを探せば、1970年代後半のミドルクラス一眼レフのレンズセットが10,000円以下で手に入ってしまいます。


ちなみに、デジタルとの違いを楽しむのなら、オートフォーカス以前の一眼レフと単焦点レンズのセットがオススメ。デジカメ+ズームレンズに慣れた目から、ウロコが50枚くらい落ちることうけあいです。


また、よく聞かれるのですが、「フィルムってまだ売ってるの?」…って、売ってますよ!!!! 余裕で売ってます。以前より種類は少なくなりましたが、カメラ屋さんでもAmazonでもちゃーんと買えます!!!!


1──撮影


『手抜きフィルムカメラ道』全4工程の中でもいちばん楽しいのが撮影でしょう。って、そりゃそうだよね。好きなカメラを持って素敵な被写体と出会い、シャッターを切る。まさに至福のひとときと言えましょう。


さてデジカメとフィルムカメラとの最大の違いのひとつに、撮影した写真がその場で確認できるかってことが挙げられます。


デジカメが出始めた頃は、その場で確認できるから失敗も減る、なんてことで皆が大喜びしたもんです。しかし、これにより人は失敗する自由すら奪われてしまったともいえます。


その時は失敗したと思ったものでも、後から見てみると貴重な記録写真になり得たり、味わい深い思い出となったりすることってけっこうあるものです。


また、確認できないから想像する。フィルムカメラは想像する余地が人間側に残されている機械なのです。


たとえば、モノクロフィルムを詰めて撮影する際、今見ているカラーの世界からモノクロの世界を想像してシャッターを切ります。色彩と階調の世界を、脳内で階調だけの世界へ変換して撮影するのです。


いままで主役と脇役との間にあった、彩度の関係がなくなったらどう見えるかな? と想像してみると、意外とトーンが似てしまい、主役が引き立たなくなりそうだ、なんてことがわかったりします。


では、どうすればいいか? ちょっと移動して木陰で撮ったら陰影に差が生まれるかもしれないぞ! てなことに気づいたりもします。


この自分で気づける幸せってやつはフィルムカメラの醍醐味です。仮に気づけなかったとしてもそれは確実に経験値UPに繋がるし、そもそも失敗したらどうしようじゃなくて、失敗もクリエイティブのひとつなのだ! くらいな図々しさを持った方が、人生が楽しくなると言えましょう。


以下極端な例です。これらの写真は今年の冬、初めてライカで尾道を撮影したときのもの。ハイテンションだったためか、巻き戻し中にうっかり裏蓋を開けてしまい、フィルムを感光させてしまったり、最初の巻き上げが不足していたまま撮りはじめてしまったものです。


でも、デジタルじゃこんな表現できねえよ。ざまーみろ。
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最近のデジカメは露出やピントだけでなく構図まで決めてくれるらしいが、フィルムカメラの良いところは、人間に自由があること。すべて自分の責任で撮影ができるってことだと思う。


こうして撮った写真は、明らかにデジカメと違う世界を写しているはずだ。そして、その世界はデータではなくネガとして実在してくれる。皆さんもたまにはカメラにフィルムを詰めて、散歩にでかけてください。お願いします。


2──フィルム現像


これを自分でやるとなるとタイヘンです。なので私はヨドバシに持ってきます。36枚撮りネガフィルム1本の現像代は500円ちょっと。同時プリントはしません。あくまでも現像のみ。


フィルムの種類にもよるけど、数時間から数日でUPするようです。この待ってる時間がイイ。ラブレターの返事を待つような感覚ともいえよう。


また町の写真屋さんにカラーフィルムの現像を依頼する場合、とくにカラーネガの粒子感が粗く出る傾向にあるような気がします。嘘か真か、像が出ないことを防ぐため、一般的なネガは若干高めの温度で現像するって聞いたことがあります。


ポジの場合はもともと粒子が細かいってのもあり、感度相応の印象に仕上がりますが現像に時間がかかる。ちなみに、モノクロネガはカラーネガほど粗さは目立たないような気がしていたのですが、こうして比較してみるとたいして違いはないですね。印象の問題だったようです。


とはいえ、これは優劣の問題ではなく、味の問題とみた。プロラボに依頼すると、また違った結果になってくるかもしれません。


ISO100のカラーネガと、カラーポジと、モノクロネガを1350dpiでスキャンした例(部分)。空部分はディテールが少ない分、粒子感がわかりやすい。


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カラーネガ
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カラーポジ
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モノクロネガ


3──スキャン


現像UPしたら、スキャナで取り込む。ここでケチると残念な結果になる。5万円くらいのフィルムスキャナか、フィルムに対応したグレード高めのフラットベッドスキャナをおすすめします。一昔前の1/4程度の値段で手に入るんだから、一考の余地ありです。


最近は格安のフィルムスキャナもあるそうですが、くれぐれも貧乏人の銭失いにならないよう気をつけてください。


ちなみに、私はKONICA MINOLTAのディマージュスキャン5700というフィルムスキャナ(絶版品)を使っていますが、最近ではオーグのOpticFilmというフィルムスキャナが評判いいみたいですね。


スキャンする上で気をつけたいのは、極力素直に取り込む、ということです。私の場合、スキャナにある色調補正機能やキズ・ホコリなどの除去機能は使わない方が良い結果が得られました。


ここでは極力ニュートラルに取り込んで、後からまとめて調整します。ちなみに、モノクロネガをスキャンする際は、一旦カラーモードで取り込むとディテールが失われません。その後画像処理段階でモノクロにします。


またフォーマットはjpgではなく、TIFFなどの圧縮ナシ形式にしておいた方が画像処理時の自由度が上がります。


自分でスキャンせず、現像と同時にカメラ屋さんで画像データとしてCDに焼いてもらうのもアリだけど、店によってクオリティがかなり違うようです。色が転んでいたり、水平垂直があってなかったり、一律に補正がかけられて意図した表現と違っていたり。


とはいえ、自分のイメージにあった入力をしてくれる店が近くにあればベストと言えましょう。オレとしては、いろんなスキャナやスキャニングサービスを試して結果をまとめてみたいのだが、それは『手抜きフィルムカメラ道』の執筆依頼がどっかの出版社から来てからやることにする。


4──画像処理


さて、写真をデータ化しちゃえばこっちのものだ。Photoshop ElementsでもSILKYPIXでもデジカメ付属のオマケソフトでも、使い慣れた環境で自分好みに仕上げていけばいい。


スキャンされた時点で、写真はデジカメと同じ画像データになった訳だが、ピクセルだけでなく、不揃いの銀粒子で構成される世界には独特の深みがあるものだなあと驚かれることうけあいです。


好みの調子に仕上げたら、いつものデジカメで撮った写真と同じように管理して、iPodに入れて友達に見せびらかしたり、facebookにUPしたりしてください。


インチキなデジタルフィルタで加工した写真に見慣れたほとんどの友達は、「こうして見ると、フィルムで撮った写真って、違うなあ!」と言うはずです。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

齋藤 浩


いつかはニコン!


そうは思っていたもののタイミングを逸していまい、まともに使うこともなく40代になってしまった。仕事ではαシリーズの一眼レフ、趣味ではレンジファインダーカメラを使うことが定番化して久しい。


だいたいニコンというブランドは硬派すぎる。バイクに例えればカワサキのような存在で、「ライダーには二種類いる。カワサキ乗りか、それ以外かだ」に相当することをカメラの話で言い放たれた日にゃ、すみません、私にとってニコン様は遠い存在です。いつか機会がありましたら使わせていただきますです。とか言ってその場から逃げてしまう。


とはいえ、ある種の憧れのようなものもあるからクヤシイんだな。そんなある日、普段からなにかと世話になっている“編集長”ことS氏が「もう使わないから」ということでニコンをくださったのだ。しかも、伝説の一眼レフ『ニコンF』である。


Fといえば1959年に登場し、瞬く間にカメラの歴史を変えてしまった名機中の名機。3本のレンズとともに5月のとある日曜日にそれは送られてきたのだった。ほどよい重さ、ほどよい大きさのダンボール箱を開けてみると、そこにはプチプチでくるまれたいくつかの塊があった。


そのうちのひとつ、直方体のヤツを開封する。ちらりと銀梨地のトンガリ頭が見えた! おお、これぞ伝説の三角形、ニコンFのアイレベルファインダー!! 円柱状の塊も含め、残りのプチプチをすべてひんむく。


するとシルバーのカメラボディと24mm、50mm、105mmのレンズが現れる。上品かつ堅牢な雰囲気の、金属とガラスとレザーで構成された4つの塊が机の上に並んだのだ。心が震えるぜ。


さて、これらのお宝だが、すぐに使えるかといえば、残念ながらそんなわけでもない。いずれも使われなくなってから相当な年月が経過しているらしく、それなりに修理が必要なのだ。


ボディにレンズを装着し、ファインダーを覗いてみた。ぼやーんとしている。光学系にカビ、クモリが相当出ていると思われる。シャッターを切ってみる。低速シャッターが明らかに遅すぎる。音も変だ。


レンズをはずしてシャッターを切る。すると、ミラーアップしてないことが判明。周囲のモルトプレーン(黒いスポンジ)もぼろぼろである。


ということで、何度もお世話になっているお医者さんことTカメラサービスへ持ち込んだ。ざっと見積もっていただき、ちょっと悩んだ上、ボディと24mmと105mmのオーバーホールをお願いすることにした。


ふふふ。ついにオレもニコンオーナーか。なんだか不思議な気持ちだぜ。こころなしか口調まで硬派になってくるぜ。見ろよ、夕陽がまぶしいぜ。修理には2〜3週間かかるとのことだった。


そういえばこのところ複数の方からカメラをタダ! もしくはタダ同然! で頂いている。いずれもジャンクもしくはジャンクすれすれ状態のものが多く、また、よりにによって、そのどれもが昔憧れたカメラなのである。


これらを修理して使ったり、修理せずにごまかしつつ使っていたりするのだが、ファインダーを覗き、シャッターを切っていると、まるで今がフィルムカメラ全盛期なのではないか? と錯覚を覚えるくらいどのカメラも現役時の輝きを失わずに、いい仕事をしてくれるのだ。


また前のオーナーを知っているというのも、楽しく使える要因なのかもしれない。ちなみにニコンは40年くらい前にS氏が大学の先輩(金持ちのボンボン)から譲り受けたものだそうだ。


当時、先輩はS氏の美しい妹君に気があったらしく、なにかってーとS氏宅に遊びに来ていたらしい。そんなセイシュンの一コマも記録したであろうニコンFが、巡り巡って我が家にやってきてくれた。


これは、オレのセイシュン時代の思い出の地にも連れていかねばなるまい。てなことを日々考えているうちにあっという間に時は過ぎ、完全復活したニコンFが我が手に在る。


そして6月のある日、オレはFとともに広島県は尾道市へとやってきたのだった。


完全復活を果たしたFは毅然とした態度で黙々と仕事をこなす。ファインダーも実にクリア。ヘリコイドの動きもスムーズ。


使ってみた感想だが、まずピントリングの回転方向がいつものカメラと逆なので、少々気を使った。それさえ慣れてしまえばこっちのものだ。シャッター音も機械っぽくて気持ちいい。


フィルム交換のときは裏蓋をまるごと外すので、雨が降って来たときはちょっと苦労したが、それこそがFの醍醐味って気にさせてくれる。


基本的に露出計すら付いていない実にシンプルな機械ゆえ、使い方に戸惑うことは一切なかった。余計な機能を満載しているデジカメの、対極の存在かもしれない。


現像したところ、露出どおりに仕上がっているようだ。レンズの印象はとてもシャープで力強い。コントラストも高く、風情というより現実、情緒というより写実って感じがする。


昔の新聞を想起させる、ドキュメントな印象なのだ。考えてみれば1960年〜70年代は、どの新聞社の写真もFで撮っていたに違いないから、そんなふうに思えるのも納得がいく。


今回は雨を避けながらの町並み撮影に終始したが、荒めの高感度フィルムで動きのあるモチーフを撮影してみるのも面白いだろうなあと思うのであった。これからの人生がまたもやタノシミになってきた。


Fのいる生活は始まったばかりだ。


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雨上がりに24mmレンズで尾道水道を見下ろす。うっかりすべってコケないよう緊張して撮影したら緊張感のある描写に。


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山の手から商店街へ通じるヘアピンカーブ。高低差もスゴい。


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105mmレンズで中腹から坂を見下ろす。


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スイッチバック階段。実際、この場所に立つと目が回るような錯覚に陥る。無作為の天命反転地といった印象。


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105mmで港から山の手を見る。屏風のように家々と階段が立つ。


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向島の猫。


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向島の路面。うねるような三次曲面を描く。地面を見てるだけで時を忘れるくらい楽しめるのだが、地元の人にしてみれば当たり前の光景。


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今年はツバメを見ないなーと思っていたら、ここにはたくさんいました。


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大好きなパン屋さんの側から尾道水道を見下ろす。その向こうには向島。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。

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