齋藤 浩
治ったー! 直ったー! というべきか。ぶっ壊れたオリンパス・ペンSが修理から戻ってきたのです。
このカメラは私の“初めてカメラ”でして、幼稚園の頃から父に借りて使っていた。数年前実家に帰った際発見し、久々に使ってみたところ、ファインダーはぼやけているし、シャッターも錆びていたけど一応しっかり写る。
ネガフィルムで撮影すると、なんともいえないレトロな写真が撮れる。21世紀の東京も、昭和っぽく写るのだ。後から気づいたのだが、昭和っぽく写る理由は単にレンズがかびてただけのことだったが。ハーフサイズ版(通常の35ミリ版の半分のサイズ)だから、36枚撮りで72枚も撮れる。それゆえデジカメ感覚でバシャバシャいける。それはそれは楽しいカメラなのだ。
さて、冬のある日。私は風邪をひいて熱を出してしまい、もうろうとしながら窓の外を見ると、なんと外は雪ではないか! これは是非ともペンで記録せねば!と思い立ってあわてて外に飛び出したところ、何をどうしたことかうっかり手がすべって大切なペンをコンクリートの地面に落っことしてしまったのです。
カメラを落としたことは、後にも先にもこれっきり。まさか人生でカメラを落とす日がくるとはね。病気なんだから素直に寝てればいいものを。ああ、取り返しのつかないことをしてしまった…。カメラを見ると、ちょうど底面後側の角が2カ所へこんでいる。
機械的には問題なく作動はするようだが、落としたときに歪んだ影響か光が漏れてしまうらしく、中途半端にギラギラした露出オーバーっぽいへんちくりんな写真が撮れてしまう。
という訳で、熱出した日を境にペン熱は冷め、一応修理をしてくれる店は探し出したものの持って行く気力もなくし、底面のへこみを見ると人生そのものが嫌になって死にたくなるので、防湿庫の奥深くに見えないようにしまっちゃったのでした。
それから幾年かの歳月が過ぎ、先日カメラの整理をしていると、おお、あのときぶっ壊したペンが。心の傷もだいぶ癒えてきたので再度修理してくれそうな店を調べたところ、2つ隣の駅前に良さそうな店があるではないか!
という訳で『Tカメラサービス』に持ち込んでみた。駅を降りて商店街を進み、神社を左手にみながらさらに歩く。ほんとにこの道でいいの? と少し不安になりかけた頃、黄色い看板が見えてきた。
店内を見ると、1960〜70年代のものを中心に三方の壁がカメラで埋め尽くされている。すげえ! 引き戸を開け、店内に入ると初老の男性が「今日は、どうされましたか」的なことを聞く。おお、まるで小児科の先生のようだ。
「あのー。ぼくの大切なオリンパス・ペンが〜」
「ああ、ペンね、見せてごらんなさい。ほほう、きれいに使ってるねえ」
「ところが間抜けなことに落っことしてしまったのです」
「ほほう、なるほど。ショック品、と。」
“先生”は必要事項をカルテに書き込みながら細部をチェックしているようだ。
そして、まるで「お薬は一応5日分出しておきますので、とくに手洗い、うがいを忘れずにね」とでも言うがごとく「2週間くらいで直ると思いますよ、では、こちらに連絡先を書いてくださいね。たぶん1万5,000円くらいかな」と仰った。残念なことに保険は効かない。
ふと横を見ると、そこにもオリンパス・ペンSが値札付きで置かれている。しかも人気のf2.8バージョンが1万3,800円。どうやらここでは修理を終えたカメラの販売もしているらしい。「あ、それね。修理済みですから安心ですよ。しかもここまで状態のいいペンはなかなかないですね」“先生”は言う。
うーむ、修理するよりも安く手に入るのか。しかもオレのはf3.5だからなー。買った方が安いというのはなんとも…と一瞬戸惑ったものの、脳裏に幼少の頃のペンとの思い出が走馬灯のように浮かんでは消え浮かんでは消え…。買いたい気持ちをぐぐっと抑えて「いや、修理をお願いします」。「ふふふ、みなさんそうおっしゃいますよ」。そうなんだよね。いわゆる愛着ってやつだ。デジカメにはこういうのってなかなかないですね。
8日後『Tカメラサービス』から電話があり、修理ができたという。意外に早かった。さっそく受け取りに隣の隣の駅まで向かった。“先生”からペンSを受け取り、ファインダーを覗くと「うわっ」と思わず声が出ちゃうほどクリア。ペンのファインダーってこんなに見やすかったんだ。心なしか持った感じも若々しい。ちゃんと動くなら底面のへこみも気にならない、わけでもないが、まあいい。
“先生”から修理項目の詳細を聞く。「モルトプレーン、張り替えました。レンズとファインダーは清掃してあります。シャッターも点検済みです。その他の部品もできる限り調整しました」とのこと。
うーん、満足だ。凹みの跡はそのまんまだけど、歪みも直ったことだしきっとスゲー美しい写真が撮れるに違いない! とはいえ、ああ、これで凹みさえなければな…。と思った私の目に、再びアレが目に入ってきた。修理済みのオリンパス・ペンf2.8「1万3800円」である。こいつのフタをそのまま付け替えれば…!
結局誘惑には勝てず、2台になったオリンパス・ペンSとともに家路についたのであった。
ちなみにこのオリンパス・ペンSというカメラは、フィルムの装填の際、蓋を開くのではなく蓋(=裏蓋底面一体型の部品)を外すのだ。
なので、同じカメラであれば差し替えが可能なはずなのだ。で、家に帰り早速蓋を交換してみたら、おお、ぴったり。これでなにもかも元通りだ。なのだが、しばらく眺めているとどうも違和感を感じてしまう。
事情を知らない第三者が客観的に見るのであれば、まったく以て美しいオリンパス・ペンSである。しかし、落っことして修理に出して蓋を交換した張本人から見れば、やはり他人のパンツ、しかも中古のパンツをはいてるようで無性に気持ち悪い。
結局蓋は元通りに戻した。これはこれでまあ良しとする。カメラも直ったので心にもゆとりができたのであろうか。フィルムも用意したことだし、明日から早速撮影してみようと思う。うーん、楽しみだー。つづく。
と、本題は次回へ持ち越す訳ですが、もう少し語らせてください。この商品はソニー・ウォークマンやホンダ・スーパーカブと並んで賞賛される『日本の独創的工業製品』なのであります。
何がスゴイかといえば、ハーフサイズというアイデアの下、一切妥協のない優れたレンズと、工夫をこらし極限まで小さくシンプルにまとめあげたメカニズム─これらを高次元でバランスさせ、なおかつ低価格で販売可能にした設計がスゴイのだ。
それまで、どうしても舶来品をありがたく思ってしまっていた日本人はもちろん、世界中にメイド・イン・ジャパンというブランド(だと思う!)を信頼させた功績はとてつもなく大きい。設計とデザインは当時入社したての新人・米谷美久氏。やはり“伝説”になる商品からは作り手の顔がきちんと見えるのだ。
昨日、デロンギのコーヒーメーカーが突然壊れた。いつものように水を入れたらいきなり下から漏れてきて、床中水浸しだ。買ってから一年ちょっと。その前には、ハーマンミラーのアーロンチェアの軸が、突然ボキッという音とともに折れた。これも買ってから一年くらい。
普通に使っていてこれだ。ブランドはいずれも一流だが、どちらもメイド・イン・チャイナ。別に中国の悪口を言うつもりはないけど、一流ブランドならどこで製造しようが一定のクオリティはクリアしてもらいたいところ。メイド・イン・ジャパンだって、この信頼がいつまで続くか不安になる。
「不良品は新品と交換すればいい」という考えがあるのであれば、それは作り手の思想として問題だ。ここらで我々はオリンパス・ペンの伝説から、『メイド・イン・ジャパン』を築き上げた姿勢と情熱を学び直すべきかもしれない。
オススメの本を紹介します。
朝日ソノラマ刊 米谷美久著「オリンパス・ペン」の挑戦(絶版)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4257120363/dgcrcom-22/
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。