●ずいぶん昔になるが、親しい友人たちの結婚式ではたいていスピーチをやらされた。それ以外の場面でも、お客さんを前にして挨拶をする役目はよく回って来た。時には買って出た。突然の指名では、まず満足できるスピーチはできないが、時間があればなんとかストーリーをひねり出して、笑いのいくつかとることはできた。
かつて、DTPの黎明期に、自分ではアプリを使いこなせないくせに、知ったかぶりのDTP論をあちこちで講演しまくった。人前で話すのは得意、だと思っていたが、この歳になって「恥ずかしい人生でございました」と言いたい。「穴があったら入りたい」と言いたい。
原田マハ「本日は、お日柄もよく」を読む(徳間書店、2010)。普通のOLである主人公こと葉が、幼なじみの結婚披露宴で大失態、その後で聞いたすばらしいスピーチに感動、涙する。言葉のプロフェッショナル、伝説のスピーチライター・久遠久美の祝辞であった。こと葉は久美に弟子入りする。それから彼女が一人前のスピーチライターに成長するまでを描く、ユーモラスでスリリングで、とても気持ちのいい物語である。感動でちょっと泣ける。
「言葉っていうのは、魔物だ。人を傷つけも、励ましもする。本やネットを目で追うよりも、話せばなおのこと。生きた力をみなぎらせる。この魔物をどう繰るか。それは、話す人次第なのだ。いい魔物にするのも、悪い魔物にするのも、スピーカー次第。聴く人を落ちこませるのも、元気にするのも、全部、スピーカー次第なのだ。」「しゃべること以上に大切なのは、人の話を聞く、ということ。」うーん、考えたこともなかった。だから、ずいぶん言葉で人を傷つけてきたんだ。人生やり直したくなる。
巻頭に「スピーチの極意十箇条」がある。なるほど、そうだったのか。「一・スピーチの目指すところを明確に」して、「二・エピソード、具体例を盛り込んだ原稿を作り、全文暗記」したら、あとはむずかしいことはないが超重要。これさえ知っていれば、わたしももっとうまい、人を感動させるスピーチができたはずだ。受け狙いを目指していた若い頃に、出会いたかった本である。いや、いまでも受け狙いで、母の葬式でもやってるんだから。
さてこの本、結婚式のスピーチを控えて落ち着かない人は必読である。凡百のスピーチ集よりもずっと役に立つだろう。どうしてもうまくいきそうにないときは、最後の最後に、声を腹から出して、ゆっくりとこう言えば、拍手喝采まちがいない。「本日はお日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために。おめでとう。」うーん、やりたいな。しかし、わたしにそんなチャンスはもうないだろう。 (柴田)
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「本日は、お日柄もよく」
●続き。会話は全部拾うのが基本。というか中心人物が親指シフトの超早打ち。こぼさない。驚嘆した。今でもその時の癖はついてて、スカイプでのチャットでも、相手が入力している最中に、自分も打ち始めてしまう。相づちをし、空白時間(待ち時間)を減らす。数年間に、これはまずいんだと知ってからは、待ち時間を増やしてでも、ログを読み返した時に文章になるように心がけてはいる。
パティオとメールの折衷案のような、チャットワークは好きだ。相手が部屋にいるわけではないので、投げておいて、そのうちに返事が帰ってくるのを待つ。
Twitterは拾わなくてもOK。基本は「つぶやき」「独り言」なんだから、気楽なもん。Facebookで繋がっている人は知り合いだ。わたしゃ芸能レポーターかと突っ込みたくなるぐらい、一人一人の行動や考え方が気になり、一人にコメント入れたら全員に入れないといけない気がしてくる。パティオと同じ。祝福したいし、楽しそうだ、美味しそうだと言いたくなるし、落ち込んでいる人がいたら頑張っている人がいたら、声をかけたくなる。続く。(hammer.mule)